僕の欲しい君の薬指


痛くて苦しいはずなのに、天糸君がまだ私を「愛している」と言ってくれた事への歓喜の方が遥かに上回っている。良かった、嫌われていなかった。嬉しい、私を愛してくれているなんて、にやけてしまいそうだ。



「いつもそうだよね。どれだけ僕が手を伸ばしても、月弓ちゃんは僕の前から消えようとする。それがどれだけ恐い事なのか分からないでしょう?月弓ちゃんの存在がないだけで生きる意味がなくなってしまう不安なんて微塵も分からないでしょう?」

「ごめ…んなさい…」

「月弓ちゃんが僕じゃなくて他の男の腕に抱かれるくらいなら、この場で僕が月弓ちゃんを殺してあげるね。月弓ちゃんの愛おしい亡骸を抱き締めながら僕も後を追うから寂しくないよ」



彼の思想は狂気的で、それで以って危険で甘い香りを漂わせる。嗚呼、このまま私は本当に殺されてしまうのだろうか。朦朧とする頭で漠然とそんな考えを巡らせる。


そうだね、天糸君と死ねるならそれも悪くないと今なら素直に想えるよ。貴方と一緒に死ねるのなら幸せだなってつくづく想うよ。だけどね天糸君、救いようの無い我儘な私は、まだまだもっともっと貴方に愛される苦しさの中に溺れて藻掻いて、深く深く沈んでいきたいと願ってしまうの。



「そもそも僕から逃げ切れるなんて浅はかな思考はとっとと捨てるべきだったんだよ。僕が月弓ちゃんの事で分からない事なんて一つもないんだもん」

「……」

「珠々に唆されてまんまと珠々に絆されたんでしょう?どうせ。月弓ちゃんが携帯もマンションの部屋に残したまま消えた時から、ここに身を寄せているんだろうなってすぐに思ったよ。そしたらほらね、案の定月弓ちゃんがここにいた」



“そんなに珠々に抱かれて嬉しかった?珠々に隅々まで愛されて興奮した?”



最低で淫乱で卑猥な月弓ちゃん、僕以外に股開いてんじゃねぇよ。口調を強めてそう放った相手の言葉がグサグサと心臓を貫いて、強烈な痛みを伴った。



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