『愛獣』放埓な副社長は堅固な秘書を攻め落とす

社用車に乗り込み、車窓の外を茫然と見つめる。
いつもと何ら変わらぬ光景。

俺が女の相手をしている間、秘書は時間調整して俺を待っている。
俺は抱いた女と一緒に朝を迎えない。
情事が終われば、後腐れなくその場を後にする。
だから、連絡先を交換することもなければ、二度目もない。

俺が女を抱いたとしても顔色一つ変えずに待機している如月は、スマホで情事中の動画や写真を撮られないように必ず事前に携帯電話を回収する。
そして、部屋の手配から手土産に至るまで、完璧に俺のフォローに徹している。

仕事とは言えないようなプライベートの時間においても、彼女は秘書として完璧にこなす。
別に無理やりさせているわけじゃない。
『しろ』と命じた記憶も無いし、『やってくれ』と頼んだ覚えもない。

常に俺の全てを完璧にフォローする、ロボットのような秘書になっていた。

「副社長」
「……ん?」
「しっかり避妊はなさいましたか?」
「………」

またこのやり取りだ。
毎回、女を部屋に連れ込んだ後、必ず俺に聞いて来る。

彼女の口からこのセリフが吐かれると、胸の奥に鋭い痛みが走る。
だって、彼女は……。

俺が大学三年の時に一目惚れした、あの女性だからだ。

あの後、俺付きの世話役に彼女のことを徹底的に調べさせた。
すると、『キサラギ製薬』の令嬢だと判明したのだ。

キサラギ製薬と言えば、うちの仁科製薬と肩を並べるほどの大手製薬会社。
この十年ほどは、うちの業績の方が上回ってるが、最近はコスメブランドも立ち上げ、波に乗っている。

そんな製薬会社の令嬢が、俺の秘書求人に応募して来たのが三年前。
俺と同じ薬科大学を卒業後、親の会社に就職せずにうちの会社に応募して来たのだ。

スパイかもしれない、そう思えてならなかった。

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