『愛獣』放埓な副社長は堅固な秘書を攻め落とす

鋭い眼光が向けられる。
恰幅のいい五十代後半の彼は、業界でも有名な酒豪だ。
以前から少しずつ集めて来た銘酒を手土産に、初日の今日は軽くジャブを見舞っておこうと思って。

「年末の貴重なお時間の中、突然お邪魔致しまして申し訳ありません」

隣りにいる芽依を立てて、頭を下げる。
娘に強姦するような男を送り込む鬼畜な父親であっても、今はまだ戸籍上、彼女の父親だ。

「ご存知だとは思いますが、芽依さんと結婚を前提にお付き合いさせて頂いております」
「……それで?」

キサラギの密偵のことをさりげなく匂わせて。

「結婚のお許しを頂きたく、ご挨拶に伺わせて頂きました」
「フフッ、……仁科君」
「はい」
「私がすんなりと許可するとでも?」
「いいえ」
「では、何故」

芽依の母親は無言のまま膝に抱えた猫を撫でながら、様子を窺っている。

「広いようで狭い業界です。私の放埓ぶりはご存知かと思いますが……」
「私も君くらいの歳の頃は、遊んだものだ」
「そう言って頂けると、心が軽くなりますが……」

牽制するような視線が向けられる。
瞳の奥を推し測りながら言葉を紡ぐ。

「彼女と出会ったのは十年前。お互いに初めて好意を抱いた相手です。お互いの家が同じ業界の家だと分かり、ずっと気持ちをひた隠しにして来ました。ですが、時が経てば消えると思っていた感情は長い年月をかけても消えることはありませんでした」
「……それで?」
「大切なお嬢さんだということは重々承知してます。ですが、私にも大事な女性です。仁科の後継者として沢山の女性と知り合う機会がありますが、どんな女性でも心が満たされることがありませんでした。芽依さんは、生まれて初めて添い遂げたいと思った女性です」

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