『愛獣』放埓な副社長は堅固な秘書を攻め落とす

「その後、……どうだ?」
「特に変わった様子は」
「そうか」

ファイルの棚の隙間から声の主を盗み見した、その時。

「っ……」

思わず両手で口元を覆って、声が漏れ出しそうになるのを必死に堪えた。

声の主は副社長と専務秘書の岡本さんだ。
岡本さんは入口横の壁際に立つようにして、響さんはその岡本さんのすぐ目の前に腕組して立っている。

「如月さんに話さなくていいのですか?」
「……あぁ」
「それでいいと仰るなら、私も黙っておきます」
「頼む」

やっぱり響さんは私に隠し事してるんだ。
それも、岡本さんと結託して。

胸の奥がズンッと沈み込む。
灰色がかった靄の中にいたのが完全に暗黒の地に引き摺り落された感覚だ。

今までもこんな風に私の知らない所で二人は会ってたのだろうか?
僅かにあった不安の種が、種で済まされないくらい巨大化してゆく。

「親父から何か連絡があったか?」
「結婚のことでですか?」
「あぁ」
「順調に準備が進んでいるのか、尋ねられただけです」
「そうか」

仕事の話じゃない。
結婚の話をなぜ岡本さんとしてるの?
ダメだ、要らぬことばかりに思考が傾く。

入ってはいけない世界なのかもしれない。
響さんに信頼されているとばかり思っていたのに、そう思っているのは私だけだったらしい。
彼にとったら、『秘書』と呼べる人は岡本さんのような人なのだろう。

足音を立てずに、資料室の最奥へと行こうとした、その時。

「俺らの結婚は、どんな手を使ってでも必ずする」
「……手段を択ばないって事ですか?」
「あぁ、手段は択ばない」
「分かりました。では、私も如月さんへは遠慮しないで立ち向かいます」

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