『愛獣』放埓な副社長は堅固な秘書を攻め落とす
逃げれるもんなら、逃げてみろ

『彼女、俺のなんで』

納涼祭以降、副社長を見ると、あの日の彼の言葉を思い出してしまう。
あの場を凌ぐためにかけられたことだって分かっている。

経験値がものを言うのか。
副社長は全然動じる様子もなく、さらっと言い切ったけれど。

私にとっては、生まれて初めて味わった瞬間だった。

いつだって人形扱いで、ここ数か月は『縁談』ではなく、『最高の駒』としてしか存在してないかのようで。

両親にとっては、私はお飾りの娘でしかない。
何でも完璧にこなす兄の引き立て役。
いつだって薄い影のような存在だ。

実家にいると息苦しくて、就職を機に家を出た。
最初は親のすねを齧るような生活をしていたが、仁科製薬のお給料を頂くようになり、今は完全に自立している。



「副社長、来週の竣工式ですが、……―…」
「分かった。では、式次第が出来上がった時点で確認する」

副社長は本当に頭の切れる人だ。
複数のプロジェクトを同時進行しているのに、全ての進捗状況を把握するだけではない。
新薬の開発状況や環境に配慮したバイオサイエンスの研究も逐一把握し、尚且つ社員への配慮も完璧にこなす。
酒色さえなければ、本当に完璧なのに。

あっ、でも……。
最近はめっきり少なくなったというか、落ち着いたように思う。
あのロスの一件以来、表立って遊んでる様子がない。

噂では『〇〇のバーで美女とデートしていた』などと、私の知らないところで会っているっぽいけれど。
呼び出しの着信があるわけでは無いから、口を挟むこともできない。

私は秘書。
彼のサポートをするだけ。

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