『愛獣』放埓な副社長は堅固な秘書を攻め落とす
「井上さん、今日もこれで上がって下さい」
「分かりました。お先に失礼します」
「お疲れ様でした」
トランクから紙袋を一つ取り出し、井上から車の鍵を受け取る。
重役を乗せずに運転手を帰すのは通常ありえない行動だが、仁科 響に限ってはこれが平常仕様。
パーティーは始まったばかりだが、彼の行動は読めている。
あと三十分ほどすれば、パーティーを抜け出し、先程の彼女と部屋へと。
その後はお約束のように、お目当ての女性と熱いひとときを交わすのだ。
四月下旬とはいえ、夜は少し肌寒いような気温。
夜空に輝く星をほんの少しだけ眺め、秘書の顔に戻す。
レセプション会場の外で待機していると、女性の腰に手を回し、エスコートする副社長が現れた。
「二十三階になります」
「……ん」
先程取った部屋のカードキーを手渡し、彼らが乗るエレベーターを呼ぶためボタンを押す。
程なくして到着したエレベーターで部屋へと誘導する。
部屋の前まで来た彼はカードキーを翳し、ドアを開けた。
「佐野様、……携帯電話をお預かり致します」
「は?」
「お預かり致します」
「………」
鋭い視線が向けられているのは承知している。
けれど、これも彼を守るためだ。
「俺も預けるから、君も預けてくれないか?」
「……しょうがないわねっ、ロックしてあるから見れないわよ?」
「見るためにお預かりするわけではございません。どうぞ、ご安心下さい」
「もうっ、何なのっ?!」
「ごめんねぇ~、うちの秘書が」
手のひらにスマホが二台乗せられ、二人はドアの奥へと消えた。