魔力の森はただひっそりと
 そちらの旅の方。
 あちらに見えます森には、どうか近付きになりませんよう…

 …なぜいけないのか、ですって?
 そうですね。
 それでは、あの森のことをお教えしましょう。


 あの森は昔、魔の者たちの城があった場所なのです。

 その魔を統べる者が魔力を強大なものにするため、一人の人間の娘を手に入れたとか。

 娘は必死にその者に抗いました。
 しかしとうとう始まろうという人間と魔の者たちの大きな争いに心を痛め、自身を身代わりに魔の者たちをこの土地から引き払わせたのです。

 娘は自身の運命を嘆き、その涙が魔の者たちの魔力により泉になったというのです。
 そしてその泉を囲うように、魔力を秘めたあの森が出来上がったのだとか。

 何が起きるか知れない魔力を秘めた森に、人の身でありながら入ろうなど恐ろしいものでしょう?

 ですからあの森に近付いてはいけないのです。
 それでは旅人さま、お気を付けて旅を…


………


 …忘れられた歴史。

 伝説の娘の平和の願いすら語り継がれないとは、本当に憐れな話だ。

 あの森の泉の名は『マリーの泉』。

 彼女は人間の姫の身代わりに魔王の元へ行き、争いを食い止め魔王と結ばれてここを去った。

 あれは娘の平和の願いが込められた泉だ。

 あれから魔族からすればたった一度の代替り。
 しかし人間たちからすれば数百年。
 それを知るものはもう、私のような“伝説の人間の娘と魔族の長の血を引く者”だけ、か…

 人間と魔族の混血。
 人間よりも長く生き、魔族よりは短い一生。
 私のような者がいることは、この国ではどうやら知られていないらしい。

 魔族も人間を恐れ、この国を訪れるものは未だいない。

 私の姿は人間に近い。
 それでも未だ微量な魔力を秘めた赤い瞳に、人間には無い能力。

 今代の魔王は先代から譲り受けて就いた者。
 私や同じ血筋を継ぐ者たちは、これからは自由に生きるのだ。

 これからはこの国も正しい歴史が受け継がれるべき。
 私は違えることなく伝えたい。

 平和を愛する人間の娘の名の泉と、魔力の森の伝説を……
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