その涙が、やさしい雨に変わるまで
 副社長室前室の管理者は変わってしまったが、花器は残っているはず。でも本多へ、三琴はそこまでの引継ぎをしていない。うっかり瑞樹が花束を持って帰ってしまった日には、毎度本多はおろおろしているのであった。

 その部下の姿をみて、今度こそ気をつけようといつも瑞樹は思う。
 出発前にはそう思っているのに会食が終わって緊張が解けてしまえば、断るのを忘れてしまっている。長年、花があれば持って帰ってきた瑞樹であれば、店のほうでは花好きの御曹司となっていたのである。

「とりあえず、これで、と!」

 本多はまだ新しくてきれいな状態のバケツを見繕ってきて、そこに水をはりブーケを差し込む。包装紙こそ取ってあるが、束ねているゴム紐などはそのまま。男ゆえの雑な扱いである。

(…………)

 断りそびれた自分が悪いといえばそうなのだが、この花の扱いに、瑞樹は罪悪感のようなものを感じる。
 松田さんなら……と思って瑞樹が目頭を押さえていたら、本多がペットボトルの水を差し出していた。

「どうぞ。少し顔色が悪いです」

 花束のこととは別に、冷静に本多は指摘した。
 実は副社長室に戻る少し前から、瑞樹に軽い片頭痛が起こっていた。花への対応とは裏腹に、この本多は上司(ボス)の不調を見抜いていた。

「今日は寒暖差も大きかったですし、会食も延長となってしまいましたから。疲労がたまっているかと思います」
「そうかもな、ありがとう」

 瑞樹はブリーフケースから頭痛薬を取り出すと、口にする。本多は隣でペットボトルの封を開けて、待っていた。
 冷えたミネラルウォーターで瑞樹は服用する。その水の冷たさに頭がすっきりした。

「明日の会食は、キャンセルしましょうか? 明後日は外部のもので厳しいですけど、明日の分はグループ内なので欠席しても差し支えないかと」
「…………」

 本多の言葉に、瑞樹は少し悩む。本多のいうとおり、明日の会食は絶対というほどのものではない。無理して出席して、明後日に響くようなことがあれば、そっちのほうが問題だ。それに、株主総会の準備のこともある。

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