氷の魔術師は、自分よりも妹を優先する。~だから妹を傷つけるモノは死んでも許さない~

第10話、まだ、片付いていない。


「伯母上、失礼いたします」
「どうぞ、アリシア」

 レンディスが来ると言う手紙を受け取ったアリシアはその日の夜に叔母であるシーリアに報告することにした。こちらに来るとなれば、一応報告をしなければならない。
 ノックをすると、彼女の声が聞こえてきたので、アリシアは扉をあけて再度一礼し、そのままゆっくりと扉を閉めた後、本を読みながら紅茶を飲んでいる叔母に挨拶をする。

「突然の訪問お許しください伯母上、実は折り入ってご相談したいことがありまして……」
「レンディス・フィードの事かしら?」
「は、はい……何故伯母上が?」
「今朝にこのような手紙が届きましたので……第一王子であるファルマ殿下からです。ぜひ、レンディスと妹であるエリザベートをお願いしたいとのお手紙でした。返事はすぐに返しております。部屋も余っておりますし……」
「あ、ありがとうございます、伯母上」
「……けど、それだけではないでしょう?気まずいのでは、アリシア?」
「う……」

 この屋敷に、エリザベートとレンディスの二人をお招きすると言う形に至ったのは良いのだが、アリシアはそれ以上に感じている事がある。
 レンディスとどのような顔をして顔を合わせればいいのだろうか、と言う不安が彼女に襲い掛かってきているのだ。
 カトリーヌは友人であるエリザベートと一緒に過ごす事が出来ると嬉しそうに言っていたのだが、レンディスに告白されてから返事もしていないし、それ以降会っていないので、正直どのように声を描ければ良いのかわからないのだ。

 『あの時』のような関係には、多分戻れない。

「正直、その……気まずい感じだと、思います……どのように接すれば良いのか、わからなくなってきてしまいまして。告白される前は、良き友人だと思っておりましたし……」
「……向こうは長年恋焦がれていたらしいわね。あなた、そっちの方は全く持って疎いんだから」
「うう、言い返せません……」

 いつもとは全く違う表情を見せてくるアリシアの姿に、少しばかりシーリアは驚いてしまったが、それほど気まずいのであると理解する。
 成長して立派になったと思っていたのだが、あれは本音ではなかったのであろうと感じながら、子供らしい一面を持っているアリシアの姿に愛おしく思いながら、シーリアは優しく彼女の頭を撫でる。
 大きく、細い手で頭を撫でられたことに少しばかり驚いてしまったアリシアだったが、シーリアの表情は変わらない。
 まるで母親のような優しい瞳で、アリシアを見つめている――あのシーリア・カトレンヌが。

「……すみません伯母上、いつもだったら自分で解決するのですが、流石に『恋愛』となると何もできなくて……」
「確かに、討伐と恋愛は違いますからね……まぁ、私は独身を貫いておりますので、相談できるかわかりませんが」
「せめて、少しだけ話を聞いてくださるだけでも大丈夫なので」
「そうですね……話ぐらいなら聞きますよ」
「ありがとうございます、叔母上」

 少し話をすればきっと、自分の気持ちが落ち着くだろうと思ったアリシアは、シーリアが用意してくれた場所に移動し、そのまま静かに座る。
 すると新たに用意していたカップの中に紅茶を入れ、それをアリシアの前に差し出す。

「あ、良い匂い……落ち着く匂いですね」
「ええ、アズールが入れてくれた紅茶なのだけど、私もこの匂い好きで気に入っているのよ」
「……いただきます」

 紅茶のカップの取っ手を掴み、そのままゆっくりと、一口紅茶を口の中に入れる。
 微かに甘みが広がっていく紅茶の味はとても美味しい。優しい甘さと少し酸っぱさが残るような味。何かを紅茶の中に入れているのだろうかと首を傾げつつ、少しずつ心が落ち着いていくように感じた。
 叔母が言っていた通り、とても落ち着く匂いに味も美味しい――きっと、叔母好みの味なのだろうと理解したアリシアは、もう一口飲むと、紅茶を机に置く。
 さて、何から話したらいいのだろうかと、考えがまとまっていないアリシアに対し、シーリアは静かに笑いながら、口を動かした。

「アリシア」
「は、はい……」

「――お前は、レンディスと言う男をどう思う?」

「……」

 レンディス・フィード――王宮騎士団で働いている人物の一人であり、別名『黒狼の騎士』と呼ばれている人物。
 王宮騎士団と王宮魔術師は良く同じ任務に就く事が多い。
 レンディスとの出会いは、ある魔獣討伐の時に出会い、話をする事で意気投合し、同時に背中を合わせて戦う事になった。初めて、そのような人物が出来た事に、とても嬉しくなったことは覚えている。
 その後、第一王子であるファルマが魔獣討伐に参加するようになって、よく三人で戦い、喧嘩をしたり、一緒に食事をしたり――それが、当たり前のようになってしまっていた。

 レンディス・フィードはアリシアにとって、大切な友人――だと思っていたのは、アリシアだけだったのかもしれないと、あの時思い知らされた。

「……正直、よくわかりません、叔母上」
「そもそも恋愛なんてした事がないからな、お前は」
「それもあります……が、なんかこう、よくわからないのです」
「わからない、とは?」

「――告白された時、嫌と感じなかったのです」

 一生懸命、彼はその瞳を見せながらアリシアに好きだと告げた。
 ただ、それだけの事なのに、別に嫌だと感じる事はなかったと、彼女は言う。
 彼女のその言葉を聞いたシーリアはフッと笑うようにしながら、アリシアに笑いかける。

「それなら、もう決まっているではありませんか」
「え……」

「――あなたは、レンディス・フィードの伴侶になっても良いと思ったのですよ、きっと」

 笑顔で答えるシーリアの言葉に、アリシアは硬直する。硬直したまま動かない彼女の姿を、シーリアは温かい瞳で見つめていた。
 持っていた紅茶を落としそうになりつつも、アリシアは呆然と、シーリアに視線を向け――そして、身体が徐々に震え初め、いつの間にか顔が真っ赤に染まっている。

「い、いやいや、そ、それは、あ、あり……い、いや、でも確かに嫌じゃなかったから……」
「……まぁ、決めるのは私でもなく、そしてあなたの父上でもない……アリシア」
「は、はい!」

「一生の伴侶を見つけるのは、あなた自身なのですよ」

 シーリアの言葉を聞いた瞬間、胸が強く突き刺さった感覚を覚える。
 それと同時に、アリシアは卒業式のカトリーヌの姿を思い出してしまった。
 きっと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()
 アリシアが何かを考えているのが分かっているかのように、シーリアは静かに息を吐きながら答えた。

「数日前の襲撃の事を考えていますね、アリシア」
「……はい」
「犯人に心あたりがあるみたいですが……私が考えている相手ですか?」
「ええ、あの女狐は息子が大好きですから……例え殴っただけではすまないでしょう」
「……そうですね、その件を片付けてからの方が良いかもしれないですね」
「はい」

 例え、どんな事があっても、どんな理由でも、アリシアは妹を優先する。
 第二王子を殴ってしまっただけで、彼女はまだ怒っているのだ。
 それすらも、シーリアはわかっているような目をしており――絶対にこの人には勝てないなと思いながら、アリシアは紅茶を全て一気飲みする。
 はしたないかもしれないが、シーリアはそれを咎める事はなかった。

「とりあえず、その件が終わったら、きちんとレンディス・フィードと話をつけてくださいね、アリシア」
「ど、努力します」
「それに……レンディス・フィードがこちらに来るならば、アリシア、申し訳ないのだけれど、頼まれてくれないかしら」
「え、何をです?」

 シーリアは近くに置いてあった書類の一枚をアリシアに渡し、アリシアはその書類を簡単に目を通してみる。
 彼女はフッと笑いながら、答えた。

「得意でしょう――魔獣討伐は?」

「……マジですか」

 休暇なのだがと静かに呟いていたアリシアだったが、シーリアの笑顔にどこか寒気を感じたので、それ以上何も言わない事にした。
 
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