氷の魔術師は、自分よりも妹を優先する。~だから妹を傷つけるモノは死んでも許さない~

第12話、話すよりも拳で語り合う①

 何て言ったらいいのかわからないが、一番に思ったのは、今すぐこの場から逃げたいと言う気持ちであった。
 しかし、逃げる事なんて出来ない。
 逃げてしまう事は、淑女の恥なのではないかと言う言葉が、頭の中に過ったからである。

 そんな中、レンディスの妹であるエリザベートとアリシアの妹であるカトリーヌは久々に会った事もあり、嬉しそうに会話を交わしている。

「久しぶりエリー元気にしていましたか?」
「ものすごく元気でしたわ!あの事があって正直落ち込んでおりましたけど……カトリーヌの顔を見て落ち着きました……カトリーヌの方こそ大丈夫ですか?」
「お姉様が色々と励ましてくれたり、この前お姉様の召喚術を見せてもらったの!可愛らしい子犬ちゃんが出てきて……」
「え、なにそれうらやましい」

 と、エリザベートはアリシアに視線を向け、うるうるした顔をしながらこちらをみているので、アリシアは何も言えず、ただ汗を流すばかり。
 そして、これはおねだりだという事を理解した。
 もはや、何も言うまいと誓ったアリシアは、エリザベートのおねだりを受け入れるために詠唱を言う。

「召喚《サモン》」

 詠唱と共に小さく魔法陣が現れ、そこから出てきた小さな子犬――アリシアの召喚獣、フェンリルの子供であるホワイトが姿を見せ、舌を見せながら。

「わふんっ!」

 と、嬉しそうにしっぽを振りながらアリシア、そしてカトリーヌに目を向けていた。
 ホワイトを召喚したことにより、レンディスがアリシアからホワイトに視線を向けた。

「……相変わらずただの犬にしか見えませんね、アリシア様」
「……一応フェンリルの子供なんですけどね、ホワイトは」
「……駄犬の分際でアリシア様によるな」
「不吉な発言が聞こえたのは気のせいですかレンディス様……?」

 駄犬《ホワイト》の事を言ったのかもしれないが、ホワイトは決して駄犬ではないと願いたいものだとアリシアは思った。
 しっぽを嬉しそうに振っているホワイトを優しく抱き上げた後、そのままカトリーヌに渡す。

「ホワイト、これからレンディス様と私は大事なお話があります。なので、申し訳ないのだけどカトリーヌとエリザベート様の二人と一緒に向こうで遊んできてもらっても構わないかしら……お駄賃は弾むから」
「わふっ!」
「ええ、あなたの大好きなコカトリスの肉を今度提供させていただくから」
「……アリシア様、駄犬《ホワイト》はコカトリスの肉を提供しているんですか?」
「鶏肉好きみたいなの、グルメよねホワイトって」
「……この、クソ駄犬が」
「不吉な発言はやめてレンディス様」

 因みにレンディスが言っている駄犬こと、ホワイトの母親と契約しているのは目の前にいるレンディスだと言う事を忘れないでいただきたいと思いながら、カトリーヌはエリザベートとホワイトと一緒に屋敷の中に入っていく。
 二人と一匹の後ろ姿を見つめた後、アリシアはレンディスに目を向けると、レンディスも同じようにアリシアに視線を向け、お互い目線が合う。
 逸らしたいが逸らせず、レンディスの瞳は黒く深く、黒い真珠のように、とても綺麗で美しい。

「えっと……レンディス様はホワイトの母親を召喚《サモン》したりする事はあるのですか?」
「何分俺の方は魔力がそんなにある方ではありませんが、たまに戦闘がきつくなった時は助けてもらっています。何せ、フェンリルですから」
「そう、なのですね……私も久々に母親の方にも会ってみたくなりました」
「母親……シンシアも会いたがっておりました」
「フフ……それは嬉しいお話ですね」

 ホワイトの母親の名はシンシアと言うフェンリルなのだが、ホワイトみたいに可愛い存在では、ザ・母親と言う感じの表情をしている怖いフェンリルである。
 レンディスは魔力量が人より少ないのであまり魔術と言うものを使わず、剣で戦うスタイルだ。余程、何かあった時のみ彼は召喚術を使う――と言う話を聞いたことがある。
 現にアリシアも召喚術はあまり使わない。ホワイトは戦闘向きではないからである。しかし、子供はいつかは成長する。

「……ホワイトも、シンシアのようなフェンリルになるのでしょうかね?」
「今の状態だとそんな様子にはみえないですからね」
「完全に、犬って言う感じですからね」

 アリシアとレンディスは、カトリーヌとエリザベートに可愛がられている白いフェンリル、ホワイトに視線を向けながら言った。言うならばあれは気高きフェンリルではなく、そこらへんに居る犬のように見えるのだから仕方がない。
 少しだけ、ホワイトの成長する姿が想像できないアリシアだったが、ふとレンディスがジッとアリシアに視線を向けていたので、思わず意識をしてしまったアリシアは頬を赤く染めながら視線をそらしてしまう。

「と、所で……その、休暇を取ったと殿下のお手紙に書いておりましたが……」
「ええ、エリザベートの件も踏まえて、王都を離れたほうがいいと言われまして……」
「やはり、婚約破棄の件ですか?」
「はい……エリザベートは友人を傷つけてしまったのではないだろうか、と言う罪悪感が結構あったみたいで、落ち込み気味だったのですが……大丈夫、のようですね」
「……そうですね、エリザベート様はどうやら本当にただ巻き込まれただけだったらしいので。知り合いの同僚が調べてくれたので、報告を頂いております」
「流石、アリシア様ですね」
「……」

 相変わらずの無表情で答えるレンディスに、アリシアは話を続けられることができなかった。
 正直、本題に入らなければならないとわかっているのだが、その本題に入る事が出来ない。
 正直、レンディスの傍に居るだけで緊張しており、うまく言葉が出なくなってしまっていると言う事も真実だ。
 どうしたら良いのかわからず、アリシアは唇を噛みしめるようにしながら、レンディスに声をかけようとした時。

「アリシア様」
「は、はい!」

「――俺の求婚、迷惑だったでしょうか?」

 突然の言葉を言ってきたので、アリシアは目を見開きながらレンディスに再度視線を向けると、彼の表情が重く感じるように見える。どこか、悲しんでいるような表情に見えるのは、気のせいだと思いたいのだが。
 その言葉と同時に、アリシアの手が震える。
 これは、いけないと感じたと同時に、アリシアは自分でも考えていなかった行動に出る事にした。

「……レンディス様」
「はい」

「私と、お手合わせしていただけないでしょうか?」

「……はい?」

 アリシアの提案に、レンディスはただ、目を見開きながら変な返答をする事しかできなかった。
 
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