氷の魔術師は、自分よりも妹を優先する。~だから妹を傷つけるモノは死んでも許さない~

第18話、魔獣討伐の依頼


「この前言っていた、魔獣討伐を頼んでいいかしら、アリシア」

 シーリアが笑顔でそのように答えていたので、アリシアは以前そのような事を言っていたこと思い出したので、すぐに頷いた。そもそも魔獣討伐自体、仕事上の一つだったので断る理由はない。
 渡された資料を軽く読みながら、アリシアは質問する。

「近くの森で魔獣が暴れている、と」
「ええ。別に私やアズールたちが行っても良いのだけれど、私とアズールが居なくなると、この屋敷を守るのは、アンナだけになるでしょう?流石にカトリーヌやエリザベートさんたちが居る屋敷を、アンナだけには任せられないし……あなたなら、慣れているでしょう?」
「……伯母上やアズールさんの能力は私も承知の上です。確かに今はカトリーヌやエリザベート様がいらっしゃいますよね」

 普通のスタンスならば、シーリアとアズールがこの屋敷を離れ、アンナが一人で屋敷を守る、と言う形になっているらしいのだが、今回は守らなければいけない相手が居る。
 エリザベートとカトリーヌはただの令嬢であり、カトリーヌはこのような経験などない。それに、アリシアは妹をそのような現場に連れていくつもりなど全くない。

「相手はグレートウルフですね……群れで生息していると……グレートウルフだったら簡単です。任せてください伯母上……ただ、一人で討伐は厳しいので、レンディス様にも頼みたいと思うのですが、大丈夫ですか?」
「ええ、彼の妹は任せなさい。一緒に守ってあげますから」
「ありがとうございます、伯母上」

 準備をしないといけないと思い、アリシアはそのまま一礼してシーリアの部屋から出ようとすると、ふと何かを思い出したかのように、シーリアは不敵な笑みを浮かばせながら、アリシアに答える。

「ところでアリシア……レンディスとは進展はありましたか?」

 笑顔でそのように答えるシーリアに対し、次の瞬間アリシアは顔を真っ赤にしながら彼女に視線を向け、首を横に振った後部屋を出て行った。
 残されたシーリアは嬉しそうに笑いながら、アズールが用意してくれた紅茶を一口飲む。

「全く……本当、アリシアはアリスにそっくりね。恋愛関係になると初心なのだから」


 ▽ ▽ ▽


「レンディス様、休暇を取っているんですよね?」
「こんにちわアリシア様……一応、そのつもりですが」
「訓練も休暇ですか?」
「……」

 アリシアの言葉に何も言えなくなってしまったレンディスは、握りしめていた剣を地面に突き刺し、アリシアとは目線を合わさないようにしている。しかし、アリシアはその顔を逃がすつもりはない。
 ジロっと視線を向けているアリシアに、レンディスは何も言えなくなってしまった。
 レンディスはとエリザベートがここでお世話になる理由は、『休暇』と言うものを使っているはずなのに、レンディスはここにきて数日、全く休暇と言うモノを取っていないような気がするのは気のせいなのだろうかと思ってしまう。
 彼女が見るレンディスは、朝に鍛錬、昼に走り込み、夜に鍛錬と言う光景しか見ていない。アリシアですら鍛錬はするのだが、必ず休憩は挟むし、休暇と言う名のお休みだって取っている。しかし、レンディスはそのような事をせず、剣の鍛錬ばかりしていた。
 レンディスがそのような人物だと、昔から知っているのだが、流石にこれはやりすぎではないだろうかと思いつつ、思わずため息を吐く。

「あのですね、レンディス様……休暇と鍛錬は違いますよ!そもそも、身体休めてますか!私は全然あなたが体を休んでいると言う姿を見ていないのですか!!」
「す、すみません……元々このような生活を送っておりましたので、休むって言う事がよくわからず……」
「……この前エリザベート様とお話をさせていただいたのですが、問題になっておりましたよ、心配そうに話をされておりました」
「……何も言えません」
「まぁ、私も修行が好きなバカなので強く言えませんが……ほら、ちょっと隈出来ているじゃないですか!寝ておりますかレンディス様!」
「……」

 よく見ると、レンディスの目の下には隈が出来ているのを発見する。元々隈が出来ている事は昔から知っているからこそ、この休暇を使って休んでいただきたいなと言う気持ちがあり、アリシアは指摘をする。そしていつの間にかアリシアは両頬を鷲掴みし、顔を覗かせるようにしながらジッとレンディスに視線を向けた。
 レンディスはアリシアの突然の行動に驚きを隠せないまま、呆然と彼女に目を向けている。同時に近くにアリシアの整った顔が映し出され。

「……あの、アリシア様」
「なんですか、レンディス様!」
「その……顔が近くにありますが、大丈夫なのですか?」
「え、何が?」

「――アリシア様に手を出しそうになりますが」

「…………はっ!」

 突然そのような言葉を口に出したレンディスに驚いたアリシアだったが、同時に目の前の彼自身の両頬を鷲掴みにするように両手で掴み、自分の方に顔を向けさせていた行動にこのままいくと目の前の男性にキスをするような体制になるのではないだろうかと考えたアリシアは声を出したと同時に固まる。
 確かに、襲われても文句は言えない行動をしているとわかっている。以前、この男は口説くとかなんとか口にしていたような気がしていたので、アリシアの頭は混乱し始めている。
 しかし、レンディスは手を出してこなかった。とりあえず両頬を放してもらうために両手で彼女の手を握りしめた後、レンディスは容赦なくそのまま手に口付けをする。

「ひぃっ!?」

 突然手にキスされたアリシアは今まで出したことのない声を出してしまい、一気に顔面が崩れ落ちるような表情になっている。その姿を見たレンディスはジッと、静かにアリシアを見つめている。

「ほら、簡単ですよアリシア様」
「な、なな、ぁあ、れ、レンディスさ、さま……」
「……俺は『待て』は出来ませんよ、アリシア様。とりあえず今は理性を保っておりますが、気を付けてください。出来たらあなたから返事をもらった後にしたいので」
「……れ、レンディス様!」

 今回は流石に完敗だと理解したアリシアは顔を真っ赤にしながらレンディスに向かって叫ぶが、レンディスは平然とした顔をしたままだ。

 実は平然とした顔をしているが、実の所両手が震え、身体が震えそうになっているぐらい、レンディスも動揺していたなんて、誰も知らない。多分エリザベートならばきっと気づくかもしれないが――。

「――それよりアリシア様はどうして俺の所へ?」
「あー……話がそれましたね。実はお願いがありまして来ました。まず、これを読んでいただけますか?」
「えっと……魔獣討伐ですか?」
「はい、伯母上からの依頼です。本来ならば伯母上たちが行う事なのですが、今回はカトリーヌやエリザベート様がいらっしゃるので、屋敷を開ける事が出来ません。で、魔獣討伐の経験がある私に……ただ、今回グレートウルフの群れです。私だけでは対応できないので、レンディス様にもお願いしたいと思いまして」
「……グレートウルフはこの辺が生息地ではありませんよね?」
「ええ、私もそう思いました。しかも群れですよ?」

 レンディスの言う通り、グレートウルフの生息地はここではなく、もっと東の方なのだ。そもそもこの地域は魔獣は少なく、討伐すると言っても小物ばかり。
 しかし、今回シーリアに渡された資料が正しければ、グレートウルフの群れが近くの森で発生していると言う事。それに、ここは王都ではなく、奥地にある田舎と言っていい。魔獣を討伐出来る人たちが少ない。
 あまり少ない都市なのに、どうしてグレートウルフが発生したのだろうか?

「アリシア様、何か別の力が働いている、って事はないですかね?」
「うーん、どうなんですかね……とりあえず、私が言える事は」
「言える事は?」

「――目の前の仕事を片付けてから考えましょう、ですかね?」

 笑いながら答えるアリシアに対し、レンディスは静かにそれに納得するのだった。そのスタンスが、アリシア・カトレンヌなのだと。
 地面に突き刺さっていた剣を抜き、それを鞘に納めると、近くにある布で顔を拭く。

「いつ出発いたしますか?」
「そうですね、準備がまだ整ってないですが……明日の昼頃と言うのはどうでしょう?」
「了解です……よろしくお願いします、アリシア様」
「はい、よろしくお願いいたします」

 差し出された手を、戸惑いもなくアリシアは握りしめ、握手を交わす。
 とりあえず明日の魔獣討伐の準備を進めなければ、とアリシアの頭の中ではそれがいっぱいだった。
 一方のレンディスは、アリシアの二人で討伐依頼と言う事で、自分の理性が制御できるだろうかと少し不安になっていたなんて、アリシアは知らない。

 
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