我慢ばかりの「お姉様」をやめさせていただきます~追放された出来損ない聖女、実は魔物を従わせて王都を守っていました。追放先で自由気ままに村づくりを謳歌します~

「ああ! なんて身軽なの!」
 ひとつも荷物を持たず放り出されたのだから、身軽なのは当たり前のことだ。しかしそういう現実的なことではなく、私はなんともいえない解放感でいっぱいだった。
 しばらく笑いが止まらないまま終末の村の森の中を駆けていたが、ふと我に返り、ぴたりと足を止める。
 ――すっかり頭から抜けていたけど、村にいるのは魔物だけじゃなくて……国から見捨てられた様々な人々もいるのよね。
 その中にはもちろん、悪さをして追放された者もいる。それもきっと、ひとりやふたりではないだろう。そうなれば、自分の身に危険が及ぶ可能性は高い。
「まずは護衛をつけるべきね」
 私にとって、最も恐ろしいのは魔物ではなく〝人間〟だ。知恵を持ち、感情を持ち、平気で人を裏切ることのできる人間。その存在は、魔物よりもずっと怖い。
 ……よし。村で最初に見つけた魔物に護衛を頼むことにしよう!
 魔物を味方につけておけば、元悪党たちもそう簡単に手を出してこないはず。なぜ魔物と仲良くしているのか疑問に思われるだろうが、こんな場所でそのことを裁く術などない。
 すると、背後からガサリと木の葉が揺れる音が聞こえた。
 振り向くと、一見犬のように見える黒い魔物が走っている。
「……ク、クロマル⁉」
 目を疑うほど、前世で私が飼っていた犬にそっくりだ。あの魔物は、クロマルの生まれ変わりじゃあないだろうかと思うくらいに。
 魔物を見てビビッときた私は、絶対あの魔物に護衛を頼もうと心に決めて走り出そうとした――その瞬間。魔物を追いかけるように、ひとりの男が突如として姿を現した。男は剣を持ち、鋭い眼差しで魔物を睨みつけている。……まさか彼も、私と同じようにこの魔物を狙っているのだろうか。
「ちょっと待って! この子は私が先に目をつけたの!」
 いつから彼が魔物を追っているのか知らないが、悪いがそういうことにさせてもらう。
 叫びながら走って魔物に近づけば、よく見ると魔物は身体に小さな傷を負っていた。
「……! これ、あなたが?」
 小さいけれど痛々しい傷口はぱっくり開いており、傷つけられてからそう時間が経っていないことを表している。
「……誰だお前は。俺の邪魔をするな。こいつは俺の獲物なんだ」
 鋭い眼差しが、魔物からギロリと私へと移る。……なんて殺気だろう。睨まれただけで、足がすくんでしまう。こんな恐ろしいオーラを放つ人は、生まれて初めて会った。
「や、やめてあげて。怪我してるじゃない」
 私はなんとか足を動かして、小さな魔物を庇うように男の前に立ち塞がる。魔物の身体が震えているのと同じくらい、私の声も震えていた。
「なぜ魔物を庇う。こいつらは人間に害を及ぼす。駆除すべき存在だ」
 ざわっと風が吹き、男の銀色の髪を揺らす。前髪の隙間から見える深く濃い青の瞳は、とても綺麗な色をしながら、今にも人を殺しそうなほどの眼力が込められている。
「あなたにとってはそうでも、私にとっては違うもの。だから諦めて」
 震えながらも発する言葉は堂々としたもので、我ながら自分を褒め称えたい。というか、どうして最初からこんな怖い目に遭わなければならないのか。どうせなら護衛をしっかりつけてから現れてほしいものだ。こればかりは、自分の運のなさを呪う。
「つべこべ言わずにそこを退け! 退かないなら……お前ごと斬るぞ」
「……っ!」
 彼の目は本気だ。剣を持つ右手は、いつ動いたっておかしくない。
 ――怖い。だけど、私はここで好きなようにすると決めた。だから絶対に、この子を守り抜いてみせる。そして私の護衛につけて、一緒に楽しく暮らすの!
「ここで私を斬ったら、絶対に毎日あなたの夢に化けて出てやるわ。それでもいいなら、お好きにどうぞ?」
 決して怯まずに、私は男に言い返す。
「……そうか。馬鹿な女……だ」
「……へっ?」
 すると、突然男がその場にどさりと倒れ込んだ。わけがわからず、私は何度も瞬きをする。
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