元伯爵令嬢は乙女ゲームに参戦しました
 衝撃の王子様のお陰で一瞬忘れかけましたが、お嬢様対決の第一回目、ピアノ勝負は有朋さんの勝ちということになりました。
 正攻法ではない手を使ったような気がしないでもありませんが、それがアドバイザーの腕の見せ所だからと下弦さんがご満悦のようです。アドバイザーがハンディキャップ調整の役目を担っているのだからと、蝶湖様や他の方々も肯定するように頷いているので、きっとよろしいのでしょう。

「それでは、二回目のジャッジとアドバイザーはどなたになるのでしょうか?」

 なんとなく和気あいあいとした雰囲気の音楽室でしたが、ふと思い立ち尋ねてみましたら、見る間に気まずい空気が漂ってきました。

「ジャッジは自分なんだが」

 新明さんが腕を組んだまま苦笑します。顔を見合わせる毎にその呆れたような表情が感染されていく様を見ていれば大体わかりました。

「ああ、望月さんがアドバイザーなのですね」

 まさかのアドバイザーがハンディキャップです。
 あの様子では、助言をくださることは全絶対に有り得ないと言っても差し支えないでしょう。しかし、かといって全く無視をするのも違う気がします。
 有朋さんも少し考えるところがあるようで、ためらいがちに皆さんにお願いしました。

「あの、次の対決の連絡は連休明け、十日くらいでいいですか?アドバイザーが望月さんということなら、一応彼の話も聞けるものなら聞いてみたいし……あれじゃあ、口も聞いてもらえるかもわかんないけど、努力はしてみる、……みます」

 きっと、それは正解の言葉。
 下弦さんも言っていたように、アドバイザーからの助言も、苦言も、無言も、全ては相手をさせていただくこちら次第なのです。
 私たちが、どうにか皆さんと話をして、そのうえで私たち自身のことを皆さんにわかってもらわなければ、ちゃんとしたアドバイスだなんていただけません。それこそが、相互理解であり、心配りというもの。
 そこまで考えて、思い至りました。もしかして、蝶湖様はそこまで考えて、このアドバイザー制を組み入れたのでしょうか?
 ただ単に勝負をして、はい終わりというだけではなく、積極的にご自分たちに関わってくる私たちに、本当の意味でお友達になって欲しいという願いを込めているのだとしたら?
 やはりきっちりと望月さんとも向き合いたいと思います。

「そうだね。中間テスト後には自分も生徒会として学園祭準備に追われるから、その前にはお願いしたい」

 生徒会長でもある新明さんが、申し訳なさそうな口ぶりでおっしゃいました。そういえば、五月中旬には中間テスト、六月頭には学園祭という行事がありました。私も特待生維持のためにも、学年で三番以内をキープしなければいけません。
 うん。と一つ首を縦に振って気合を入れます。頑張りましょう。


「王子が捕まらない……」

 連休明け早々の招集です。

「スペインまで追いかけたのに……」

 久しぶりの有朋さんは、相変わらず可愛らしい顔をして不穏な言葉を吐き出しています。
 一体どうやって連休中の滞在先まで突き止めたのでしょうか?少し怖いですね。

「言っとくけどね、私はあくまでも朧くんの予定を聞いただけよ。そうじゃなきゃ教えてくれないし」
「あはは。ごめんね。でもそこは教えたらフェアじゃないから」

 招集外の下弦さんですが、何故かこの場にいらっしゃいます。そして下弦さんはそのあたりは厳正であって、雑談はともかく対決勝負に関しての助言は口にしません。

「マドリッドでニアミスしたけど、あっさり逃げられたわ。なんか途中でばからしくなって後半はハワイで泳いできたわよ」

 道理で少し日に焼けてらっしゃると思いました。
 はい、お土産。とマカダミアナッツチョコレートをひと箱いただきました。ありがとうございます。美味しいですよね、これ。

「今日も早速二年の教室前で張り込んでいたんだけども、紙一重の差で捕まえられないのよ。これじゃあ、話もなにもないわー」

 唇を尖らせて、私に下さったお土産のマカダミアナッツの包装紙を破りだし、サッと一粒取り出してご自分の口の中に放り込みました。あーあー……。

「あれじゃ、王子じゃなくて忍者よ。何、何なの、あの人。忍者の王子なの?」
「満は昔から逃げ足だけは蝶湖より早かったからねえ」

 下弦さんも彼女に倣って手前のマカダミアナッツを手に取りました。私のお土産がさくさくとなくなっていきます。
 悲しみを抑えつつ、蝶湖様のお名前が出たところで、ずっと気になって心にもやもやと引っかかっていたことを下弦さんに尋ねてみることにしました。

「あの……もしかして、望月さんは蝶湖さんのことを恋愛対象としてお好きなのでしょうか?」

 ぐぶぉっ。

 口の中のチョコを全部吹き出す勢いで、下弦さんが盛大にむせ返りました。

「げふっ、え……ちょ、けほっ、ん……あー、そ、それは、ないわ。うん、死ぬかと思った……っ」

 そこまでおかしなことを尋ねた自覚はないのですが。

「いや、うん。満のあの態度見てたらそんな風に思うのもありって言えばありなんだけど」
「まあ、強引っていうか、意固地っていうか、……月詠蝶湖がなんでも一番じゃなきゃダメだって決めつけてる感じはするわね」

 そうです。ともかく蝶湖様と敵対するような振る舞いに、とても神経を尖らせているように見えます。だからこそ、そういった感情があるのかと思ってしまいました。

「あー、天道さん。今のね、絶対にあの二人に言っちゃダメだよ。確実に、キレるから」

 そこまでですか。それはまたそれで不思議な関係性ですね。
 ふわふわの髪の毛を無造作に掻きむしりながら、下弦さんが声を潜めて続けます。

「あのさ、満はさ、あれですごく友達思いなんだ。ただでさえでかくて複雑な望月家や月詠家みたいなとこに生まれて、嫌な思いもいっぱいしてる中、友達があいつのアイデンティティーなの」

 そんなんだから、ちょっとばかり大目に見てやって。

 そう言って、軽くウインクしながらお願いする下弦さんも、それはそれは、とても友達である二人を思いやっているように見えました。
 そしてそんな下弦さんを見る有朋さんの目にも、ほのかな感情が灯り出してきているようにも見えます。
 先日の好感度ダダ下がりを残念にも思いながらも、とりあえず蝶湖様と望月さんの間には友情しかないとお墨付きを頂きましたので、引け目を感じることなく、王子こと、望月さん攻略へと勤しみましょう。

「では、私に望月さん捕獲の案がありますので、有朋さんご一緒いたしませんか?」
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