元伯爵令嬢は乙女ゲームに参戦しました
「ですから、三日月様のお名前呼びですら失礼ですのに、そんな変な呼び名などっ……」
「あらあ、ういういって、そんなに変かしら? それに、お生憎様。本人から許可もいただいていますわ」

 ふふん、と鼻で笑っていますが有朋さん、それは許可ではなくてなし崩しです。
 まあ、三日月さんも全く気になさっていませんけれど。
 有朋さんの強気な言葉に、二年生のお三方がぷるぷると震え出しました。言いたいことは山ほどあるのに、三日月さんの許可という盾のもとにぶつけることが出来ないようです。
 なんとなくこれは不味い気がしますので、意識をこちらに向けさせようと声をだしました。

「あの、」
「兎に角!」

 またですね。何か呪いでもかかっているのでしょうか?言葉被りの呪い……

「他の部員の皆様のお考えもありますでしょうし、今日のところは引き下がりますが、三日月様が許可なされようと私たちの考えに変わりはありませんので」

 そう言われるとお三方はスカートを華麗にひるがえし、離れていきました。

「なんだか面倒くさい人が出てきたわね」

 ようやく部室の中に入ることができ、制服に着替えながら有朋さんが呆れ顔をします。

「その、乙女ゲームの中に、先ほどのあの方はいらっしゃいましたか?」

 あの、ちょっと、きららちゃんに借りた本に出て来られたような、ですね。

「服部さんのこと? そんなゲームじゃなかったから、居なかったわよ。あーんな見るからに悪役令嬢みたいなの」

 あ、やっぱりそう思っていましたか。はい。
 あの後お聞きした話によりますと、服部涼子さんとは、大手紡績会社ハツボーのお嬢様だそうで、有朋さんも彼女のお顔は知らなくともお名前だけは知っていたようです。会社の名前を聞けば、流石に私も知っている程の大会社でした。
 そして昨日のあのご様子では、早速何か言ってこられると思って身構えていましたが、朝のお世話の時間は特に何もなく静かなものです。このまま一日が過ぎればいいですねと、楽観的に考えていましたが、そうは問屋がおろしませんね。簡単には。

「あらあら、もう部員以外の使える場所は、なくってよ」

 放課後、二人で部室へ向かうと、ドアの前に私たちの乗馬用具がひとまとめにして置かれていました。
 部室の中には七、八人の女生徒がいらっしゃいますが、ほとんどの方は顔の知らない先輩にあたる方々です。その中でもお一方だけ、クラスでも見知った顔がありましたが、私たちの姿を見つけると、さっと他の方の陰に隠れてしまいました。
 これは大層古典的ないびりです。どこの世界でも時代でも、この手の意地悪な手口というものは、あまり代わり映えしないものだとしみじみ思います。貧乏貴族であった前世でも、何故かこんなことがありましたね。
 私がそう感慨深く思っている隣で、有朋さんはすでに沸騰中でした。

「ちょっとー、結構陰険なことをやってくれるじゃない」
「いやだわ。乱暴な言葉を使われるのね。やっぱり外部の方は、ねえ」

 私たちの方を一瞥しつつ言われましたが、変に苦虫を噛み潰したような顔をされました。何なのでしょうか。
 まあ、そんなことはどうでもいいです。ただ、挑発に乗ってはいけませんよ、有朋さん。

「外部生の何が悪いのかしら? あ! 内部生の皆さんに比べて、ういういや朧くんたちと仲がいいから?」

 マシンガンで喧嘩を撃ちまくってどうするのですか!?

「ねえ、あなた方、いい加減にしてちょうだい!」

 ほら、カッとしたらしいお一人が私たちの方へ向かい、手を伸ばしました。
 そして、その指が私の肩の押そうとした瞬間、後ろからスッと出てきた美しい手に叩かれました。

「あなた方こそ、一体何をしてらっしゃるのかしら?」
「……え?あ、蝶湖さん」

 凛とした声が、決して広くない部室の中に非難の色を隠さず響きます。その蝶湖様の言葉を聞いていた皆さんの顔色が目に見えて悪くなっていきました。

「どうして、こちらに?」

 先日、一方的に嫌いだとわめき散らしてしまい、大変失礼なことをしてしまいました。あれから蝶湖様に合わせる顔がないと、こちらから出向くことも控えていましたが、こうやって姿を見られると、こんな場合だというのにホッとしてしまいます。
 そんな私の気持ちを全て解っているかのように、ニコリと私に向けて笑顔を見せて下さいました。

「いい加減練習を始めた方がいいと、初にお小言を頂きましたの」

 そうおっしゃると、部室で陣取る先輩方に向かい、とても冷ややかな声を発せられました。

「けれども、あなた方の主張によるのなら、もしかして私もここは使用してはいけないのかしら?」

 蝶湖様の言葉に、服部さん率いる部員の方々の顔が引きつり、目に見えない何か亀裂が走ったように感じました。
 空気が震えるといった表現が、これほど当てはまる状況は見たことがありません。
「……っ、いえ、月詠様……そんな、ことは、あるはずが……」
「私も部員では、なくってよ。それでも私はいいのかしら?」

 服部さんの横に付いていた方が慌てて言葉を取り繕うと、冷え冷えとした薄い表情の蝶湖様に「矛盾よね」と、切って捨てられました。
 この聖デリア学園の理事長である望月家と双璧をなすとお聞きしています月詠家の蝶湖様に向かい、異を唱えることができないのでしょう。皆さん黙って下を向いてしまいました。

「異論がないのなら、使わせていただくわ。それじゃあ用の無い方は遠慮してくださる?」

 蝶湖様のその言葉に、皆さん弾かれたように動き出し始め、バタバタと音を立て慌ただしく散っていかれました。
 最後まで残っていた、服部さんと取り巻きのお二方が、それは悔しさの滲む顔を隠すことなく晒しています。それでもそれ以上の反論はなさらず、ゆっくりとドアからでて行ったのでした。

「流石は月詠さん、やるぅー!」

 有朋さんが、少し面白そうに茶化しましたが、蝶湖様は、いつものことだと言わんばかりにさらっと返します。

「さ、私は外に出ますから早く着替えなさい。練習の時間がなくなるわよ」
「えっ?蝶湖さんは着替えないのですか?」
「ええ、今日は着替えを持ってきていませんから」

 一体何をしに来られたのでしょうか?

「着替えも無しに何しにきたのよ?」

 あ、有朋さんが聞いてしまいました。

「馬を選びに、ね」

 なるほど。大事なことですね。

「それから、部室がどうなっているか確認をしにきたの。けれど……これは少し使えないわねえ」

 使えませんか?!普通の部室だと思うのですが。

「個室で着替えて、荷物も個別に置けるような形にしましょう。もちろん鍵も各自持てるように。明日の午後までに、ここの横に設置するように手配するわ」

 まるで、ピアノ対決の時の望月さんがされた様なことを、さらっと言い立てます。
 やはり、類は友を呼ぶというのですね。そっくりです。
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