元伯爵令嬢は乙女ゲームに参戦しました
 色々と不測の事態がありましたが、とりあえずこれ以上はモーンタイザーも具合が悪くなるということは無さそうですので、結果を発表していただき勝負を付けたいと思います。

「ジムカーナは、有朋さんが45.7秒、蝶湖が39.8秒で、5.9秒差でした」

 やはりこうして発表されると、この差が悔しいのか有朋さんが顔をしかめました。その負けん気こそ、有朋さんですよ。

「そして障害飛越のタイムです。天道さんは57.6秒、そして蝶湖のタイムは59.8秒。ですが、バーを一回落下させたので、4秒追加され、63.8秒になりました」

 十六夜さんがタイムの書かれた手帳を見ながら丁寧に伝えます。

「結果、有朋さんと天道さんペアが、103.3秒、蝶湖が103.6秒でした」

 おめでとうございます、有朋さん、天道さん。そう、十六夜さんが私たちに向かい告げられると、皆さんから一斉に拍手が起こりました。

 え? どうしたことでしょう。
 今までの対決では、こんな拍手などいただいたことなどありません。

 横に並んでいる有朋さんと一緒に顔を見合わせて、呆気にとられていると、蝶湖様がゆっくりと近づき有朋さんに向かって右手を出されます。

「有朋さん、おめでとう。随分と頑張ったのね」
「えっと……うん。ありがとう、月詠さん」

 初めてではないでしょうか。蝶湖様と有朋さんがこんなに和やかに認め合い、話し合う姿は。
 キュッと握りしめる手と手を見ていると、なんだかとても嬉しくて、自然とにやにやしてしまいます。
 離された手のひらをじっと見つめた後、月詠さんってなんかすごく手大きいんだけど、と有朋さんが、私に耳打ちされました。それは今言うことですか?

「うらら」
「はい、蝶湖さん」
「おめでとう。完敗でした」
「そんなこと……ふぇっ?!」

 蝶湖さまがこちらへ向いて声をかけられました。有朋さんと同じ様に握手を求められると思った私は、右手をそっと差し出したのですが、何故か蝶湖様に、ギュウッと抱きしめられてしまいました。

「あのっ、ち……蝶湖さん!」
「ん? なに?」

 不思議とまた少しだけ背が伸びているような蝶湖様の背中をトントンと叩けば、一応返事はしてくださるのですが、一向に離そうとしてくれません。
 有朋さんは、呆れたように下弦さんの方へ行ってしまいましたので、私は蝶湖様に抱きしめられたまま、二人突っ立っていることになってしまいました。
 なんとか意識を向けようと、思いついたことを無理やり話しかけます。

「えっと、すごく、速かったです。蝶湖さんと、モーンタイザー!」
「ありがとう。でも一つ落としたし、タイムもうららには敵わなかった」

 ……あら? いつもと少し様子が違います。

 普段ならどんな状況でも余裕綽々といった感じで、私に微笑みかけてくださるのですが、肩口に頭を付けたまま顔を上げてくださいません。
 何となくですけれど、拗ねているような気さえします。

「蝶湖さん……もしかして、相当悔しがっています?」

 私がやんわりと尋ねると、少し間をあけて、うん。そう小さく呟かれました。
 私と蝶湖様を遠巻きに見ていた皆さんが、耳ざとくそれを聞きつけ、うおっ! とか、マジっ?! などと、どよめきます。

「だって、あんなに頑張ったのに。モーンタイザーと一緒に」
「彼の調子が万全でしたらわかりませんでしたよ」
「でも、負けは負けだわ」

 はい、私も少々面食らいました。
 何でも涼しい顔をしてこなしてしまう、あの蝶湖様にも悔しいと思うこともあるのですね。しかも、モーンタイザーのことも一緒にと、考えて下さるのだなんて。

 以前までの蝶湖様でしたら、こんなふうに勝負に執着することもなかったのに、なんということでしょう。
 ぽんぽんと背中を撫でるように叩けば、すりすりと私の肩に頭を擦り付けてくる姿が、まるで甘えるガリレオみたいです。
 勝負に負けて、悔しがる蝶湖様。そうして、拗ねて私に寄りかかる姿も、なんだかとてもとても、可愛らしく思えてしまいます。

 また一つ、蝶湖様の知らない姿が見られたような気がして、嬉しくて、慰めたくて、私に抱きついている蝶湖様の体を思わずギュッと抱きしめ返してしまいました。
 すると、それまでその正面からじんわりと伝わる熱が急にパッと離れてしまい、何事かと顔を上げると、それはそれは真っ赤に染めた顔をした蝶湖様と目が合いました。

「すみません。苦しかったですか?」

 急に抱きしめたのが気になったのでしょうか。そうなのでしたら申し訳ないと、謝ったのですが、そうではないのと首を振られます。

「違うの……いえ、私こそ、ごめんなさい。その、みっともないところを」
「いいえ、全然そんなことありません」

 むしろ、嬉しかったです。と、正直な気持ちを伝えれば、蝶湖様はなんだか落ち着かない様相で、ありがとうと言ってくださいました。
 そして私の肩に手を置き、くるりと反転させます。

「皆のところへ行きましょう。ここにいると、ちょっと、マズいわ」
「何がマズいのでしょうか?」

 ずいずいと押されるように歩き出しながら尋ねれば、よくわからない返事が返ってきました。

 ――このまま連れ帰りそうで。

 遊びに来いということでしょうか? さっぱりわかりません。
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