雪降る夜はあなたに会いたい 【下】


* * *


「M&Sのデイヴィッドが、今度日本に来る」

M&S社――アメリカの世界的企業で、丸菱にとって今重要なビジネス相手。そのCEOがデイヴィッドだ。

「それで、婦人が、ぜひまた雪野に会いたいと言っているそうだ。時間を作ってくれるか?」

朝の寝室で、ジャケットに腕を通した創介さんの正面に立ち、首元のネクタイとジャケットの襟に手を当てた。朝、出勤前の時間。プライベートの創介さんから仕事の顔に切り替わる、この瞬間が結構好きだったりする。

「また、メアリーさんに会えるんですね。しっかりおもてなしさせていただきますね。私も、楽しみだな。気さくで明るい方で、ついついお話が弾んじゃうの」
「よろしく頼むよ。向こうも、相当雪野のことがお気に入りらしい」

奥様のメアリーさんとは三度ほどお会いした。メアリーさんの人柄から、すぐに打ち解けることが出来た。私も大好きな方だ。自然と笑顔になる。

「……おまえは、いつも、本当に心から嬉しそうだな」
「え……?」

何故か私をしみじみと見つめている創介さんの視線とぶつかる。

「こちらのビジネス相手と接するのは、雪野にとってプレッシャーも精神的負担もあるだろう。それでも、そうやっていつも心からの友人に会うように思ってくれるのはありがたい」
「もちろん神経は使います。でも、それだけでは寂しいから。せっかくのご縁、私も心を通わせられたらいいなって思ってます。それに、本当に素敵な方ばかりで。私にとってもありがたい出会いばかりなんです」

それは本当だ。私だけの世界では出会うこともなかっただろう方たちは、皆それぞれに魅力的で。緊張もするしプレッシャーも感じるけれど、それ以上にたくさんのものを与えてくれる。それに、そのすべてが丸菱のためにも創介さんのためにもなるのだから、こんなに素敵な役割はない。

「俺の奥さんは、いつのまにか頼もしくなって……」
「失敗と経験と。そして年齢と。嫌でも強くなります」

そう言って笑う。ここまで来るには、たくさんの失敗と涙と悔しさがあった。でも、人はそのすべてで強くなって行くようだ。

「いつも、ありがとう」

創介さんの大きな手のひらが私の肩をぽんぽんと叩いた。


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