3121号室の狼〜孤高な冷徹御曹司の愛に溺れるまで〜
確かに、あの場では白鳥様も泉様もかなり驚いていらっしゃったし、同じように彼の事をよくご存知である御子柴マネージャーも同じ反応であるなら、おそらくそれは間違いないのかもしれない。

今まで我武者羅に楓様に尽くしていたけど、まさかそれ程までとは。

名前で呼ぶことがそこまでの意味を表しているなんて、言われるまでは全然知らなかったから、今でも信じ難い。

でも、思い返してみれば、最近よく名前を読んで下さるようになったし、楓様が私に気を許して下さっている事が事実であるなら、こんな幸せな話はない。

けど、御子柴マネージャーの表情を見る限りだと、そんな単純な話ではないような気がして、一向に不安は消えなかった。


「もしかしたら、このまま楓様が変わり続けていくと、君の身に何かしらの危険が及ぶかもしれない」

そして、まさかの驚愕な発言に、私は目を大きく見開いて絶句してしまう。

「き、危険ってどういう事なのでしょうか……?」

別に過ちを犯したわけでもなく、ただ誠心誠意楓様に尽くしているだけなのに、何故自分がそのような事に陥るのかが分からず、声が震えてしまう。

「もし、東郷代表が楓様と泉様の結婚に支障が出ないか危惧していらっしゃるのだとしたら、君に何かしらの処分が下される可能性も有り得る」

すると、聞き捨てならない話に、私は悔しさが込み上がってきて眉間に皺を寄せた。

「支障なんてありません!あの方はご自分の立場をわきまえていて、自身を犠牲にしてまでこの会社に身を投じていらっしゃっているのにっ!」

自分の処分の事よりも、そんな楓様の想いを軽んじられている事の方が何だか許せなくて、つい御子柴マネージャーに対して声を張り上げてしまう。

確かに、そうなって欲しいと願ってはいるけど、実際彼の意思はとても固く、それは簡単に崩れる程のものではないという事を昨日改めて思い知った。

それが以前白鳥様が仰っていた東郷家に対する逆襲なのだとしても、この会社を発展させようとしている事には変わりないので、そんな自分の人生を賭けてまでそれを実現させようと我武者羅に働いているのに、東郷代表は果たしてそれをご存じなのか。

あれくらいの事で恐れをなしているのだとしたら、それは余りにも楓様の苦労を理解していらっしゃらないように思えて、悔しくて涙が出てくる。

けど、ここで御子柴マネージャーに当たったところで仕方ないし、上司に対して何とも失礼な態度を取ってしまったと後になって気付いた私は、溢れ出る黒い感情を抑えようと、歯を食いしばり視線を足下に落とす。



「……ここだけの話にして欲しいんたけど、東郷代表は楓様の専属バトラーを外せとまで仰っていた。けど、あくまで楓様は当ホテルのお客様なので、お客様の意思なく勝手に外す事は出来ないとはっきり申し上げたよ」

御子柴マネージャーは暫く無言で私の様子を眺めていた後、小さく息を吐くと、またもや衝撃的な事実を打ち明け、私は勢いよく顔を上げた。

「楓様がどんなお考えであろうと、今の東郷代表はそれ程までに君を警戒しているんだ。だから、この先何があっても可笑しくないことを、君にも十分理解して欲しい」

それから御子柴マネージャーのいつになく鋭い眼差しに、私は思わず顔が強張ってしまう。

けど、例えどんなに警戒されようと、警告されようと、今の私はそんな事で引き下がれるわけがない。

一度堕ちて行く事を受け入れ覚悟している身としては、そんな程度ではびくともしない。

「分かりました。……けど、私はこれまで通り……いえ。これまで以上に楓様に尽くすつもりでいますので」

だから、心配して頂いている御子柴マネージャーには申し訳ないと思いつつも、これが揺るぎない私の意志なので、それを理解してもらおうとはっきりとこの場でお伝えする。
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