3121号室の狼〜孤高な冷徹御曹司の愛に溺れるまで〜


___それから、更に追い討ちをかけるように、あれ以降、楓様はこのホテルに足を運ぶ事はなかった。

あの日の翌朝も、気付けば早々に出勤されて行ってしまい、その後のお帰りはなかった。

本来なら数日間は滞在されるはずなのに、今朝もお戻りはなく、3121号室は部屋主がいない状態がずっと続いている。

ご自宅に帰っていらっしゃるのなら残りの宿泊はキャンセルされるはずなのに、未だ継続されているということは、一体楓様は今どちらにいらっしゃるのか。

あれから白鳥様の連絡もなく、こちらから何度か掛けてはみたもののお忙しいのか出てくれず、折り返しの電話もない。

他人を受付けない方ではあるけれど、何故急にここまで避けられているのかもよく分からない。

あの時、楓様がとても辛そうな表情で仰っていた意味が一体何だったのか。
本当に、私が出来ることはもう何もないのか。

そんな事をずっと考えていると、気付けば時刻は夕暮れ時を迎え、相変わらず白鳥様からの連絡もなく、今日も楓様のお帰りはないのかと私は途方に暮れながら雑務をこなす為に一人通路を歩く。

「あ、天野さん。お疲れ」

すると、向かいから丁度退勤しようとしている瀬名さんとばったり会い、私はやんわりと微笑み軽く会釈する。

「瀬名さん、今日もお疲れ様でした。最近定時上がりで良かったですね」

「うん。そろそろ挙式の準備も本格的に始まるから、周りが気を遣ってくれているみたいで。本当に有難いよね」


あれから瀬名さんは自身の結婚を上司の方々に報告し、そこからあれよあれよという間にこの話は当ホテルに広がった。

私の周りでも、瀬名さんの結婚にショックを受けていた女性職員の方達がいて、気持ちは分かるけど、悲しさはもう何処にもない。

「早く紫織さんにお会いしてみたいです。きっと素敵な方なんでしょうね」

見ず知らずの私をとても心配して下さって、お菓子まで用意して下さったくらい優しく、瀬名さんを夢中にさせた女性とは一体どんな方なのか。

今ではそんな楽しみができる程、私は瀬名さんの結婚を心から祝福している。

「……ところで、天野さんは大丈夫なの?」

すると、急に瀬名さんの表情が曇りだし、掛けられた言葉に私はびくりと肩が震える。

「……あ。……えと……。あまり……ですかね」

瀬名さんの結婚話で少しは気が紛れるかと思ったけど、まさかの痛い所を突っつかれてしまい、私は苦笑いを浮かべながら、とりあえず今の心境を正直に伝えた。

「驚いたよ。一緒に誕生日を祝えたって聞いたから、あれから二人は上手くいってるのかと思っていたのに……。東郷様、流石に今日は戻ってくるんじゃない?」

心配そうな面持ちでこちらに視線を向けてくる瀬名さんの話に、再び気分が段々と落ち込み始めていく私は、堪らず小さく肩を落とす。

「分かりません。私は、楓様に拒絶されてしまいましたし、もうどうすればいいのやら……」

そして、ずっと抱え込んでいる蟠りを深い溜息と共に漏らす。
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