3121号室の狼〜孤高な冷徹御曹司の愛に溺れるまで〜
本当に、あんな事態を招いたにも関わらず、この異動先は何とも贅沢過ぎる話だった。

それもこれも、全ては御子柴マネージャーのお陰。

本来なら東京からもっと離れた関西の方へ飛ばされる予定だったそうだけど、御子柴マネージャーが私の実績やら評価やらを取り揃え、上の方に掛け合って下さった甲斐あって、都内から比較的近いこの軽井沢勤務が決まった。

以前御子柴マネージャーから警告された時は、私を守りきれないかもしれないと嘆いていたけど、結果的には十分過ぎるぐらいの待遇に、心から感謝してもしきれないくらい。

だから、私も熱りが冷めた頃を見計らって、改めてお礼に伺おうと前々から心に決めていた。


「……それにしても、こんな事になるなんて。美守先輩すみませんでした。軽はずみなノリで強奪しようなんて言ってしまって。それでホテル内でも変な噂がたっちゃって……」

すると、先程の溌溂とした様子から一変して、急激に勢いが萎み始め、泣きそうな声で謝ってくる桜井さんに私は面を食らってしまう。

「何言ってるんですか!桜井さんのせいではありません!全て承知の上で私は楓さんを好きになったのですから。それに、私は彼を信じているので大丈夫ですよ」

そして、もうこれ以上自分のために誰かを苦しめさせたくなくて、私は必死になりながら彼女を宥める。

「本当に、美守先輩は東郷様と愛し合っているんですね。その言葉を聞けて少し安心しました。きっと、東郷様も出張から戻ってきたら美守先輩のために必死で動いて下さると思いますよ。そうすれば、またいつかお二人は一緒になれるはずですから!」

その甲斐あってか、桜井さんの声色が徐々に明るいものへと回復し、最後には希望に満ち溢れた言葉をかけて下さり、今度は私が泣きそうになってしまう。


それから桜井さんとは暫しの間世間話をしてから、また近々連絡するという約束をして通話を終了させた。

桜井さんと話終えた途端、この部屋の静寂さが一層際立ち、虚しさが襲ってくる。

そして、同時に浮かび上がってくる楓さんと泉様の姿。


楓さんとは異動が決まってから今に至るまでまだ一度も連絡を取っていない。
普段から彼は頻繁に連絡をするタイプではないので、必要最低限の時以外にやり取りをしたことは一回もなかった。

私もただでさ忙しいのに、海外出張をしている彼に余計な心配をかけさせたくないので、敢えてこちらから話すつもりはなく、きっと楓さんがこの事態を知ることになるのはもう少し先になるのかもしれない。

それに、最後の最後で私は泉様の楓さんに対する想いを知ってしまった。

あれ程までに愛していらっしゃったのなら、私の存在がいかに邪魔で憎らしかったかは計り知れないと思う。

しかも、結婚を約束されて、秒読みまで来ていたところだったのに、それが奪われそうになる恐怖心は痛いほど良く分かるし、今更になって罪悪感に苛まれる。

だから、本来であれば彼女の言う通り、このまま筋書き通りに結婚話が再び動き始めれば、楓さんの将来は確固たるものへと変わり、話は丸く収まるのでしょう。

そして、客観的に見たらとても虚しいけど、彼女にとっては幸せな人生を歩み始めるのかもしれない。


……けど、彼はその全てを差し置いて私を必要としてくれる。

あの時はっきりとそう断言して下さった言葉と強い眼差しは今でも私の中で輝き続けていて、希望を与えてくれる。

だから、私は泉様の本心を知ってしまったとしても、この気持ちは何も変わらないし、当然後に引くことも出来ないし、これからもずっと彼を信じ続ける。

そんな強い意志を込めて、私はそっと自分の首元に手を添えた。


あれから日数が経ったので、楓さんが付けたキスマークは殆ど消えてくれたけど、離れ離れになった今、何だかそれが名残惜しく思えてくる。


「……楓さん」

信じて待っていると固く心に誓っているのに、彼を思い出すとまた抱き締めて欲しくて、キスも沢山して欲しくて、彼の温もりに触れたい欲求がとめどなく溢れ出してくる。

本当にこの貪欲な自分にほとほと嫌気がさしてくるけど、それぐらいに楓さんの事が愛しくて堪らないから、もうどうしようもない。

けど、これ以上無いものねだりをしてもただ自分を苦しめるだけなので、とりあえず気持ちを落ち着かせるためにリビングの窓を開けて冷たい風に当たる。


兎にも角にも、明日から新天地での勤務が始まるので、私は初日からミスをしないよう、より一層気を引き締めて挑まなければと。新たに気合を入れ直して窓の外をじっと見据えたのだった。
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