3121号室の狼〜孤高な冷徹御曹司の愛に溺れるまで〜
「とりあえず、おはようございます。楓様」

何はともあれ、やっと起き上がってくださったことに一安心した私は、バトラーらしく一礼してから笑顔で朝のご挨拶をする。

しかし、未だ頭が冴えないのか。少し寝癖立った頭に、寝ぼけ眼を擦りながら欠伸をする楓様の無防備なお姿が何とも新鮮で可愛らしく、普段とのギャップ差に私は不本意ながら胸の奥が締め付けられるような感覚に陥ってしまう。

……なんて、見惚れている場合ではないと。
私は邪念を振り払い、運んできた朝食をセットしようと踵を返した時だった。

「美守」

聞き間違えだろうか。
今背後から私の名前を呼ぶ声が聞こえた気がするような……。


……いえ。

ようなではなく、確かに今楓様は私の下の名前を仰った。

それがはっきりと認識された瞬間、全身熱を帯び始めていき、私は慌てて楓様の方を振り向く。

「はは、はいっ!ななな、何でしょうか?」

今まで身内以外の男性に呼び捨てをされた経験が全くない私は、あまりの衝撃につい声が裏返ってしまい、上手く返事をする事が出来なかった。

「おい、過剰反応過ぎるだろ」

そんな私を、ベットから上半身を起こしたまま、とても呆れたような目で見てくる楓様。

「す、すみません。突然下の名前を仰ったのでビックリしてしまって……」

未だ鳴り止まない激しい鼓動を抑えながら、私は相変わらずの免疫のなさに自己嫌悪に陥る。

けど、本当に何故急に名前で呼んで下さったのか意図が全く分からず、頭上にクエスチョンマークを浮かび上がらせていると、楓様は少しバツが悪そうに私から視線を外した。

「まあ、何となく。……それに……」

そう仰ると、最後には言葉を詰まらせ、一点を見つめたまま、なかなか口を開こうとしないご様子に私は首を傾げる。

「あんたも好きなんだろ?自分の名前が」

すると、まるで何かを確かめるような視線を送って言われた楓様の言葉に、私の心臓は大きく高鳴った。

「は、はい!」

まさか昨日のことを気に掛けて頂けたなんて夢にも思わなかった為、徐々に込み上がってくる嬉しさに口元が段々と緩み始める。

「それより、コーヒー」

照れ隠しなのか、それとも単に面倒くさいだけなのか。
すぐさま話を遮断されてしまったけど、私は表情が緩みっぱなしのまま二つ返事をしてキッチンへと向かった。
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