転生アラサー腐女子はモブですから!?
 アイシャを失ってから数週間、執務にも身が入らなくなったリアムは、私室に篭り自暴自棄な生活を送っていた。酒に溺れ、怒り狂い暴れ、私室は荒れ果てた。そんな自堕落な生活に、リアムを訪ねてくる者もいない。

 それで、良い。アイシャを失った世界に、なんの意味もない。

 そんな自暴自棄な生活を送っていたある日、突然キースがリアムを訪ね、ウェスト侯爵家へやって来た。

「とうとう、腑抜けになったか」

「キース……」

 私室にズカズカと入って来たキースに、胸倉を掴まれ、殴り飛ばされる。床に背中を打ちつけた衝撃か、口の中が切れ、鉄錆(てつさび)の味が口内へと広がる。

「リアム! お前を殴っても殴っても、足りないくらい憎い。アイシャの心を奪い、グレイスを陥れるため、彼女を危険にさらした。それだけではない。死にかけたお前を助けるため、力を使った代償でアイシャは深い眠りについてしまった。なのに、当のお前は助けられた命を顧みず、自堕落な生活に落ちた。今のお前の状況を見たら、アイシャも幻滅するだろうなぁ。こんな男の命なんて助けなければ良かったと」

「あぁ。私の命なんて助けなければ良かったんだ」

「だが、アイシャが最期に望んだのは、お前が生きる事だった」

「最期の彼女の言葉だ」

 一枚の青い便箋をキースから手渡されたリアムは、手紙に視線を落とす。

『キース様、婚約を前に勝手をするアイシャをお許しください。貴方様が、この手紙を読む頃には、わたくしは、この世にいないかもしれません。自身の運命に逆えず命を落とすとわかっていても、愛する人を助けたいのです。キース様、今まで本当にありがとうございました。貴方様がいたからこそ、私は傷ついた心を癒すことが出来ました。貴方様と一緒なら幸せな未来が築けると思い、本気で結婚を考えていたのも事実です。しかし、私の心の片隅には、ずっとリアム様がいました。リアム様がこの世から消えてしまうと考えた時、彼を見捨てる選択だけは、出来ませんでした。勝手をするアイシャをお許しください』

 アイシャの手紙を読み進めるリアムの瞳から涙があふれ、手が震え出す。

「あの日、お前を助けに向かったアイシャは、自分の死を覚悟して俺に最期の手紙を遺してくれた。その手紙がアイシャの本当の気持ちだ。結局、アイシャが最期に選んだのはリアムお前だった。彼女はまだ死んでいない。彼女がこの世に戻って来るかどうかは、リアムお前の行動にかかっている。悔しいが、俺が側にいたのでは駄目なんだ。アイシャの側にいてやってくれ」

 それだけを言い残したキースが、リアムに背を向け立ち去る。

――――アイシャは、私との未来を選ぼうとしていた。散々傷つけ泣かせてきた私を許し、手を取ろうとしてくれていた。

 アイシャはまだ生きている。彼女との未来は潰えていない。

 ある決意の元、私室を飛び出したリアムは、リンベル伯爵家へと馬を走らせる。

『出来うる限り、アイシャの側にいよう』と、心に誓いながら。
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