転生アラサー腐女子はモブですから!?
 入社して五年目の春。
 夏の新商品に向け、冬から動いていたプロジェクト。その一大事業のリーダーに抜擢され、最後の追い込みに入っていた。毎日忙しく働く中、競合他社からほぼ同じ商品が近々発売されると言う情報がリークされた。

 はっきり言ってあり得ない事件だった。

 進めていた新商品は社内でも極秘プロジェクト。発売予定だった商品は業界初の物だった。会社内の情報を競合他社に流した人物がいるのは明白だった。
 その事実を当時直属の上司だった課長に話した。それから数週間後、部長室に呼び出され伝えられた事実に驚愕する事となる。

 課長こそが競合他社へ情報を流した犯人だったのだ。

 前世の私は、会社にある取り引きを持ち掛けられた。犯人である課長は企業スパイである事を巧妙に隠し、知り得た重要機密を様々な競合他社へ流しているという。会社側も証拠がそろわない現状で摘発する事は難しい状況だった。

 今回の騒動を利用して課長の尻尾をつかみ解雇に追い込むため、泥をかぶり槍玉に上がって欲しいと言われた。もちろん退職後は、関連会社の課長の席を用意すると。
 以前から直属の上司だった課長に不信感を抱いていた前世の私は、二つ返事で承諾した。

 それからは怒涛の日々だった。

 競合他社から似た商品が発売され、プロジェクトリーダーを任された新商品は販売を目前に中止に追い込まれた。プロジェクトが頓挫した事を課長に叱責され、悪評はあっと言う間に会社内へ流れた。 
 退職までの日々は、有りもしない噂が社内に蔓延し辛い思いもしたが、新しい会社で課長として再就職し、以前よりやりがいのある仕事を任され、死ぬまで幸せな人生を送った。

 退職するまでの日々、同僚や部下から冷たい視線を向けられる中、若葉だけは違った。

 毎日心配そうにこちらを見つめる瞳。

 いつだったか蔓延した悪評に踊らされ、陰で面白半分に私を罵る同僚達を叱る若葉を見かけた事があった。あんなに口下手だった若葉が、必死に私をかばう姿に心は罪悪感でいっぱいだった。
 結局私は、若葉に何も言わずに会社を去ってしまった。

 その後、風の噂で、課長が不正で会社を解雇になった事を知った。そして、課長を解雇に追い込んだ立役者の一人が若葉だったと言う事も。

――――若葉に謝りたかった。しかしそれは叶わない。

『若葉は死んでしまったから』

 今でも残る後悔がクレアの胸を締めつける。

 七歳までの傲慢なクレア王女としての記憶はしっかり残っている。下位の者達を虐げる姿が、前世の私を罵倒し尊厳を傷つけた課長の姿に重なる。

 そんな傲慢王女を(いさ)め、導いたアイシャの存在は、弱い者を(かば)い立ち向かった若葉を思い出させた。

(あの日、あの時、私が前世の記憶を取り戻したのには何か理由があるのだろうか?)

 今でも、もう一度『若葉』に逢いたいと思う。そんな願望が、アイシャと若葉を重ねるのだろうか。

(今世は、アイシャに恥じない人生を送らねばならないわね。もう、後悔はしたくない)

 クレアは若葉への想いを胸に、自室の扉を閉めた。
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