満月の夜に〜妹に呪われてモフモフにされたら、王子に捕まった〜

王子とウサギ

 藍色の髪に琥珀の瞳を持つ私は、女性にしては高めの身長で、外見からは大人びて見られる。特に黙っていると、冷たい印象を相手に持たれる事も少なくはない。

 対して空色の髪に琥珀の瞳を持つフェリアは、小柄で明るく、天真爛漫。私とは何もかも真逆の妹。

 似ているのは、瞳の色だけ。

 幼い頃に母を亡くし、妹が寂しい思いをしないようにと、多少甘やかしてしまった事は事実である。
 そしてフェリアが、シオン殿下に好意を寄せている事にも気付いていた。

 そして我が公爵家は、代々人並み以上の魔力を持って産まれてくる事が多い。私もフェリアもそうだ。

 サボり癖のあるフェリアが、人を動物に変えてしまうような、強力な魔法を使えたなんて知らなかった……。

 公爵家の魔力は国と王家を守るための物。決して悪用すべき力ではない。

 **

 昨日はウサギの頭で色んな事を考えていたら、いつの間にか寝てしまっていたみたい。

(本当に王宮の庭園で、一晩過ごす事になるなんて……)

 薔薇園の中にある四阿のベンチで寝るのは、今はウサギのせいか然程苦ではなかった。
 しかし私は、ある事に気付いてしまった。

(お腹……空いたかも)

 お腹が空いたかもしれない。一度でもその事実に気づくと、無性に何かを口にしたい衝動に駆られてしまう。そんな感覚は、人間の時となんら変わりがない。

(喉も渇いたわ)

 私は四阿の椅子から飛び降り、歩みを進めた。

 昨日は、いざとなれば王宮の調理場に忍び込んで、運が良ければ新鮮な野菜を頂こうと思っていた。
 しかし起き掛けの頭に過ったのは、庭園内にある苺がなっている場所。

 朝食として苺が食べたいし、何より調理場よりも容易く食事にありつけるのではないか。
 思い立ったが即行動と言わんばかりに、私は苺を目指して駆け出した。

 人に出くわしてしまわないか、背後にも気を配る事も忘れない。そしてついに念願である、目的の場所へとたどり着いた。

 それは、円形のベンチの中心部が花壇となっており、植えられた小ぶりの苺と共に白い花を咲かせている。
 ウサギの低身長でも届く高さに、苺がなっている事が有難い作りだ。特に今の私には。

(頂きます!)

 これがウサギの姿になってからの、初の食事である。話す事が出来ないため、祈りを紡ぐ事は出来ないが、心の中で神に感謝を捧げた。

 私はベンチに飛び乗り、苺を口にする。
 口の中は、甘酸っぱい苺の味が広がった。

 お腹も喉の乾きも、両方満たされるなんて、素晴らしきかな苺。

 しかし苺に夢中になってからの私は、周りの事を気にかける事を失念してしまっていた。
 だからまさか、私の背後に誰かが近づいて来ているなんて、思いもよらなかったのだ。

 それでも何かを察してしまったのか、しばらくして後ろを振り返ると、なんとシオン殿下が無言で私を見下ろしていた。

 一瞬時が止まった。

(ぎゃーーー!!出たーーー!!!)

 声帯が使えたら、私はきっと絶叫していたことだろう。
 シオン殿下に真っ直ぐ見下ろされたまま、私は硬直してしまった。

 見つめ合ったままの私達。
 相変わらずシオン殿下は、何を考えているのか、全く分からないから逆に怖い。

(どどどどうしよう!何でいつまでもウサギの私を見てくるの!?ウサギなんて、そんなに珍しいモノでもないでしょう!!)

 ついに人と遭遇するという、最も恐れていた事態が起こってしまった。しかも相手はシオン殿下。

(だから何で無言で見てき……はっ!?もしかして食べる気!?ウサギ肉のシチュー、それともウサギパイ!??サンドイッチなの!?パンで挟んでくるの!?)

 食べられるかもしれないという思考に、脳内を支配された私は踵を返し、走り去ろうとした。
 その時。

「おいウサギ、止まれ」

 静かだが、通る声が頭上から落ちてきた。
 怒っている風ではないのに、何故か逆らえない殿下の声に、私は言われるがまま立ち止まった。そして恐る恐る振り返り、様子を窺う。

 すると殿下はしゃがんで私に手を差し出し、驚くような優しい声音で語りかけてきた。

「食べないからおいで」

(こういう時、本物のウサギならどういった反応をするのかしら?)

 取り敢えず、今は本物のウサギのように徹したい。
 そこで思い出したのは、臭覚に優れている動物は、匂いを嗅いで情報収集しているらしいという事。そういえば、人が手を差し出した時に匂いを嗅ぐ犬猫の光景は、今までで何度も目にしている。

(え?という事は、シオン殿下が差し出してきた手の匂いを、私が嗅ぐという事?いや、それはちょっと……)

 動物のふりは中々難易度が高い。

 匂いを嗅ぐという実に動物らしい習性は即却下し、取り敢えず差し出された手に、私のもふもふの手を重ねる事にした。

 何だか『お手』みたいになってしまった。

 お手をした途端、満足気に微笑みを浮かべたシオン殿下は、そのまま私の体を持ち上げた。そして自分の顔の至近距離に、私の顔を持って来てじっと見つめてくる。

「僕はグルメなんだ、得体の知れない安い食材は口にしない」

(何か腹立つわね!)
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