冴えない令嬢の救国譚~婚約破棄されたのちに、聖女の血を継いでいることが判明いたしました~
 セシリーの明るい挨拶がまた聞こえ、俺はうむ、と一つ頷く。

(いい挨拶だ。しっかり仕事してくれる分には問題無い。頑張れよ……セシリー)
『うん……レイもね!』
「……ん?」

 駆け足に戻ろうとした俺はそこで足を止め、振り返る。
 声が聞こえた気がしたが、それはセシリーのものではあり得ない。彼女はこちらを振り返ってはいないし、俺に気づいた様子もない。第一、彼女が俺の元の名前を知るはずがないんだ。

(……痛っ!?)

 次いで激しく(うず)いた胸に、思わず体を前に折りそうになる。
 しかし、痛みの波は一瞬後には引き、俺は不思議そうに眉を寄せた。

「気のせい、だよな……。そうだ、時間が無いんだった」

 起床が遅れたことを思い出すと、俺はすぐにその場を走り出す。しかし、聞こえた声の妙な懐かしさと、胸を締め付ける感覚はしばらくの間、俺の心に暗い影を落とし続けた。
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