冴えない令嬢の救国譚~婚約破棄されたのちに、聖女の血を継いでいることが判明いたしました~

王太子ジェラルド

 馬車に乗せられ、座席に座らされたふたりは、対面の黒髪の男が口を開くのを待っていた。リルルも捕らえられ、別の場所に詰め込まれたようだが、危害は加えないと彼は約束してくれた。心配になりつつも、今セシリーにきることは男の話を黙って聞くことくらいしかない。

 その馬車はすさまじく豪華な内装をしている。ところどころに置かれた純金細工の調度品、毛足の長い絨毯の滑らかな光沢などはいずれも、クライスベル商会で扱う最上級品より一回りも二回りも高価な品だ。天井のランプが写るほどに(みが)かれた古木製のテーブル置かれた茶も、立ちのぼる香りだけで一級品だと予想できる。そも馬車自体もおそろしく揺れが少なく、まるで高級宿の一室をそのまま間借りしているかのような錯覚さえ覚えられた。

 そんな空間においても男はごく自然に足を組み、余裕のある笑みでこちらを見下げている。明らかにただ者ではなく、言葉を選ぶ必要があるとセシリーは感じた。

「おい、娘……名乗れ」
「……ご存じかとは思いますが、隣にいる父オーギュスト・クライスベル伯爵の娘で、セシリー・クライスベルと申します。ねえ、お父様……この方はどなたなの?」

 慇懃(いんぎん)な態度に眉をひそめそうになったセシリーに、オーギュストは黙っているよう視線で訴えかける。
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