元彼専務の十年愛
愛花の前ではなんとか明るく振る舞っていたものの、帰宅した途端に疲れが出てソファにだらんと横になった。
颯太が助けてくれなかったら今頃どうなっていたかわからないのだから、援助してもらえたのはとてもありがたいことなのだ。
頭ではわかっているのに、胸が潰れそうに痛い。
私はこんなにも颯太のことが好きなんだと、この痛みが語っている。
私はこれからの3ヶ月、颯太の姿を見るたびにこの痛みに苛まれるんだろうか。
途方に暮れていると、不意にテーブルに置いたスマホが甲高い音を発して、肩が跳ねた。
手に取れば、母の弟——叔父の名前が表示されている。
叔父とは仲が良く、時々こんなふうに連絡をくれる。

「もしもし」
『もしもし、紗知。元気か?』
「うん、元気だよ」

電話というのはこういう時に便利だ。
声だけのやりとりなら、作り笑いもバレないし心情を見透かされることもない。

「叔父さんは元気?」
『ああ、俺は大丈夫なんだが…』

なぜか叔父は言い淀む。

『姉さんが最近体調を崩しがちで、この前検査入院したんだ』
「え?」
『紗知に心配をかけたくないから言うなと言われてたんだが、やっぱりそういうわけにもいかなくてな』
「大丈夫なの?今は家にいるの?検査結果は?」

思わず立ち上がって矢継ぎ早に質問する私を、叔父は『まあ落ち着け』と宥める。

『胃に潰瘍ができていたんだ。それは薬で治るらしい。他に深刻な病気はなさそうだが、紗知、一度様子を見にこっちに来られないか?』
「わかった」

時計に目をやると、まだ15時過ぎだ。

颯太は今夜、会社で仮眠を取りながら休んでいた分の仕事をすると隆司先輩から聞いていた。
体調がまだ気がかりではあるものの、自宅には帰ってこないなら明日の朝コーヒーを淹れる役目はないし、今日は土曜だから実家に泊まっていける。

「今から準備して行くよ」
「ああ、じゃあ姉さんに伝えておくよ」

電話を切り、すぐに支度を始めた。

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