元彼専務の十年愛
靴音が近づいてくるのが聞こえて、瞼を開いた。
車で来ていただろうに、下に停めてわざわざここまで歩いて上って来たようだ。
10年分大人になった彼が、白い歯を見せて笑いながらやって来る。
感情を抑えた控えめな笑みではない。
高校時代のように、一緒に大口を開けて笑えるような本来の颯太の笑顔だ。
私の前に立った彼が、風になびく私の横髪をよける。

「誕生日おめでとう。お待たせ、紗知」
「おかえり、颯太」

どちらからともなくきつく抱きしめ合った身体から、互いの愛しい気持ちが伝わる。
じゅうぶんすぎるほどの幸せがここにある。
小説とは違うこんな結末が訪れるなんて、本当に夢みたいだ。
いや、結末じゃない。私たちの物語はこれから。
本当はこのままずっと抱き合っていたいけれど、実はそういうわけにもいかない。
名残惜しそうにゆっくりと身体を離した颯太が、苦笑いを浮かべる。

「日付が変わらないうちに提出して来なきゃな」
「うん」
「『高瀬』じゃなくてごめん」
「苗字なんてなんでもいいよ。颯太は颯太だもん」

彼は柔和に笑みを浮かべ、やさしいキスを落としてくれる。

「行こうか」
「うん」

手を繋いで一緒に歩き出す。
それはまるで、部活帰りのあの頃のように。

『いつかさ、結婚記念日も、誕生日と交際記念日と同じになったらいいな』

あの頃描いた未来が叶う日。
私たちはここから始まり、ここで終わり、そして再びここから始めていく。

二度とこの手を離さない。
楽しい時は笑い合って、悲しい時は共に悲しんで、時に喧嘩もして。
ずっと寄り添いながら、たくさんの愛で紡いでいこう。
私たちだけの、幸せな物語を。


< 146 / 153 >

この作品をシェア

pagetop