元彼専務の十年愛
「有沢」

社食でひとりランチをしていたら、耳慣れた男性の声が聞こえて振り返った。
トレイを手に、にこりと微笑んだのは隆司先輩だ。

「お疲れ様です」
「お疲れ様。席ご一緒してもいい?」
「ええ、もちろんです」

彼は私の斜め向かいに座り、パンを頬張り始めた。
余計なことだと思いつつ、こわごわ問いかける。

「あの…今日彼は、いつも通りですか?」

隆司先輩が首を傾げる。

「いつも通りって?」
「朝、ちょっと様子がおかしいように見えたので…でも、私は毎日顔を合わせてるわけじゃないし、勘違いだと思います。気にしないでください」

胸の前で手を振りながら答えたけれど、隆司先輩は視線を斜め上に向け、何か考えている様子だった。
口の中のパンをごくりと飲み込んだ隆司先輩が答える。

「そういえば、さっき会議の関係で早めの昼食を出したんだけど、あんまり食べてなかったな。気をつけて見てみるね」
「すみません、余計なことを口出して」
「いや、近くにいても俺は気づけないことが多いから。仕事をしてる時は特にそう思う」

隆司先輩は小さくため息を吐き、テーブルに視線を落とした。

「再会した時、あいつは笑わなかったんだよ」
「笑わない…?」
「本人は笑ってるつもりだったのかもしれないけど、ぎこちなくてうまく笑えてない。昔と全然違ってショックだった。今も式典とか来客の時の颯太は作り笑顔だ」

私が感じていたことを、隆司先輩も思っていたのだ。
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