第三王子の婚約者~内戦状態の母国から生き延びるため隣国へ送られた王女はそこで出会った王子と恋をする~
第6章

第1話

 本格的な夏が来た。


私は相変わらすアカデミーへ通い、時折すれ違うノアと手を振り合うだけの日々を送っている。


ノアの方から話しかけてくることはなく、私にも話さなければならないことなんて、何もない。


「リディさまとノアさまは、川遊びにお出掛けになっていたらしいわよ」


「この間、コリンヌさまのお茶会に招待されたら、そこにノアさまもいらっしゃって……」


 小さな緑の館から一歩外に出ると、色んな噂が耳に入る。


「あら。ノアが元気にしているのなら、幸いですわ」


 私はにっこりと、それらに笑顔で応える。


アカデミーのメンバーも、次々に社交界デビューを果たし、色々な話題を拾ってくるようになった。


結局、私自身の身を守っているのは、たとえそれがどれだけ不安定なものであったとしても、「隣国の王女」という肩書きと、その外交的な立場から「第三王子の婚約者」であるという建前だった。


どんな名門貴族のお嬢さまも公爵さまも、その背景に膝を折り頭を下げる。


次第にくだらない噂と好奇の目に嫌気がさし、アカデミーからも遠のいてしまっていた。


「アデルさま。エミリーさまから、お手紙が届いております」


「そう」


 ジリジリと焼け付くような日射しから逃れ、バルコニーの寝椅子で受け取ったそれを、はらりと開く。


手紙は彼女からの、夏のラロシュ子爵家の別荘へ遊びに来ないかという知らせだった。


私は飛び起きると、階段を駆け下りる。


キッチンで銀食器を磨いていたセリーヌに抱きついた。


「大変よ、セリーヌ!」


「まぁ、アデルさま! こんなところにいらっしゃるなんて、何事ですか」


「ねぇ、セリーヌ。エミリーの夏の別荘になら、私も行っていいでしょう? 昔一度、行ったことがあるし!」


「他の侍女たちの前です。静かにしてください」


「セリーヌがいいって言ったら、今すぐにでもここを飛び出て行くわ」


「あぁもう! とにかく一旦お引き取りください」


「ね、お願いね、セリーヌ!」


 招待状をセリーヌに押しつけると、また階段を駆け上がる。


「やった! 楽しみ!」


 廊下で飛び跳ね、くるりと一回転! 


書斎の扉をバタンと閉めた。


お返事を書かなくちゃ。


サラサラとペンを走らせる。


『お招きありがとう。必ずセリーヌを説得して、エミリーに会いにいくわ!』


 その5日後には、私は高原の避暑地へ向かう馬車へ飛び乗っていた。
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