第三王子の婚約者~内戦状態の母国から生き延びるため隣国へ送られた王女はそこで出会った王子と恋をする~

第3話

「ね、エミリー。私にも踊れるかしら」


「もちろんよアデル。ここでちょっと練習しましょ」


 辺りはすっかり夜が増していた。


立ち上る炎から少し離れたところで、私たちは向かい合いスカートの裾を持ち上げる。


「ね、これで合ってる?」


「えぇ、とっても素敵よ。アデル」


 見よう見まねで、拙いステップを踏む。


少し酔っているせいか、足がフラフラとしておぼつかないのに、それがおかしくて仕方がない。


「あはは。また間違えちゃったわ。転んでしまいそう!」


「私もよ、アデル。本当に転んだら笑ってね」


 エミリーと腕を組む。


反対の腕を高く掲げ、音楽に合わせてめちゃくちゃに飛び跳ねる。


「あはは。とっても素敵な夏祭りね」


「ね、後でまたリンゴ酒のおかわりをしに行きましょ」


 目が回る。


私たちはバタンと同時に倒れてその場に尻もちをつくと、大きな声で笑いあった。


「やだ、お尻痛い!」


「エミリー大丈夫?」


 ただそれだけのことなのに、おかしくておかしくて仕方がない。


こんなに笑ったことなんてない。


笑いすぎてお腹が痛い。


 ふと私たちの上に、黒い影が落ちた。


見上げると、見知らぬ村男二人が立っている。


「君たち、どこから来たの?」


「さっきからずっとここで練習してるでしょ。かわいいね」


「中に入りたいんだったら、俺たちと一緒に行かない?」


 歳は同じくらい。


日に焼けた顔に、白い歯を見せてにこっと微笑んだ。


「今夜は祭りの夜だしさ」


「まぁ、今日だけはこういうのもアリってことで」


 手が差し伸べられる。


私には、それをどうしていいのか分からない。


なのに気持ちは、その指先に引き寄せられている。


伸ばされた彼の手が、私の手に触れた。


「俺たちと一緒に踊ろ」


「アデル!」


 私の両肩を、誰かがグッと背中から引き戻す。


短く真っ直ぐなミルクティー色の髪が揺れた。


「ゴメン。待たせたね」


 ノア? なんでこんなところに?


「遅くなった。探したんだ」


 その後ろには、ポールも立っている。


私たちに声をかけてくれた男の子たちは、すぐにどこかへ行ってしまった。


「アデル? どうしたの?」


 ぼんやりとしている私を、ノアがのぞき込む。


夢を見ているみたいだ。


「ノア? 本当に?」


 彼の頬に触れる。


私の触れたそれは、ほんのりと赤みを帯びた。


「本当だよ。ちょっと移動しよう」


 肩に手を添えたまま、私を立ち上がらせた。


ノアは質素な白シャツとサスペンダー、茶色いパンツ姿で、さっきの村男たちと変わらない。


「驚いたのかい? ビックリしたよね。歩ける?」


「えぇ、全然大丈夫よ」


 耳元でささやくノアの顔が、私がそう答えた途端、ムッとしかめ面になった。


「アデル、お酒飲んだの?」


「エミリーは?」


「エミリーは、ポールが相手してるよ」


 ノアに連れ添われたまま、後ろを振り返る。


エミリーとポールは口げんかをしているようだった。


「ねぇ、助けにいかなくちゃ」


「あっちは彼らに任せておきなよ」


「どうして?」


「いいからさ」


 ノアに手を引かれ、お祭り会場から離れた。


夜の草原の小道を歩き、すぐ側に見つけた牧場の柵に腰掛ける。


その手が頬にかかる髪をかき上げた。


「ね、エドガーはどうしたの?」


「なんでエドガーの話し?」


「だって。じゃあなんでポールと?」


 空には一杯に無数の星が広がり、遠くに祭りのかがり火が見える。


真っ黒い牧草は、海のように風に揺らめいた。


ノアの指先が頬を滑る。


そこへ顔が近づいてくる。


「違うのよ、ノア。なんであなたがここに居るのかってこと!」


 その顔を押しのける。


「アデル、酔ってるでしょ」


「私の話、聞いてる?」


「君がエミリーの別荘に行くと聞いたからさ」


 ノアは私の手を掴むと、それを自分の口元にすり寄せ、キスをした。


目を閉じ、頬にすりつける。


「エミリーから聞いたの?」


「そうだよ」


 ノアは唇で私の指を噛む。


目を閉じたまま、ずっと自分の口元に私の手を添えている。


ノアが話すたびに、その唇が触れる。


「もしかして、怒ったの?」


「……。裏切りだわ」


「どうしてさ。僕が会いたいからって、頼んだんだ」


 振り払おうとしたその手を、彼はぎゅっと握りしめた。


ゆっくりと額を合わせてくる。


舞踏会でもないのに、ノアとの距離が近い。


「ね、約束して。もう僕がいないところで、お酒は飲まないで」


「そんなの、約束できない」


「仕方ないな。じゃあずっと見張ってなきゃいけないじゃないか」


「ね、会場に戻りましょ。エミリーを探さなきゃ」


「もう行くの?」


「行くの!」


 立ち上がろうとした私を、ノアは引き寄せる。


繋いだままの両手で、もう一度抱き寄せた。


それでも無理矢理立ち上がったら、彼も仕方なく動いた。


「ん……」


 ふらつく私を抱き留める。


「急に立ち上がったりするからだよ」


「そ、そんなこと言ったって……」


 ノアの体にもたれかかる。


「ふふ。全く。困ったアデルだな」


 そう言うノアが、嬉しそうに見えるのはどうして? 


手を引かれ歩く私が、小石につまづくのを彼は振り返った。


「ね、僕も君が飲んだお酒飲みたい。どこで飲んだの?」


 エミリーはすぐに見つかった。


広場前の土手に、ポールと座っているところを合流する。


エミリーのリンゴ酒を飲もうというノアの提案に、ポールだけが渋っていたけど、結局4人でその屋台前に立った。
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