第三王子の婚約者~内戦状態の母国から生き延びるため隣国へ送られた王女はそこで出会った王子と恋をする~

第2話

「あの、エドガーさまがいらっしゃいました」


 そのエドガーは、真っ直ぐな黒髪をうっとうしそうに後ろにかき上げた。


「お取り込み中のところを失礼します。いますぐデュポール伯爵の別邸へお二人でお越しください。ノアさまがお待ちです」


「……。それは昨夜のことで?」


「私に聞かれましても」


 エドガーは、目をそらしそっぽを向いている。


この様子では、何を聞いても答えてくれそうにない。


「私は行くわよ」


 エミリーが立ち上がった。


「アデルも一緒に行こう。ノアさまが待ってるわ」


「……。やっぱり、行けない」


「どうして!」


「お願い。エミリーだけでいいわ。先に行ってて」


「いえ、お二人で来いと仰せです」


 今ノアと顔を合わせたら、まともに話せる気がしない。


彼の前に立ち、その目で見つめられたら、あの手に触れられたら、自分が自分ではなくなってしまいそう。


「まぁだめよ。ノアさまのご命令なのに、逆らうなんて許されないわ。仲良しアピールも出来ないじゃない」


「関係ないわ。シモンのところでしょ。演技する必要はないもの」


「そうよ、アデル。演技なんて、する必要はないわ」


 だけどそれでは、私は今までの自分を全て否定することになってしまう。


そしてその先に待っているであろう、ノアとのこと、彼の立場のこと、彼を取り巻くお妃候補のこと……。


 将来のない私たちの関係に、この国で自分の身を守るだけではなく、セリーヌたち侍女のことも考えなくてはならないのに。


「わ、私は、シモンからのお招きでは、そちらに移ることはできないし……」


「デュポール伯爵のお招きではなくて?」


 エミリーの言葉に、エドガーが追従する。


「……。まぁ、そういうことなら、デュポール伯爵がノアさまとアデルさまをご招待ということなりますね」


「たとえそうなったとしても、やっぱり私は行かない」


「いえ、お二人でいらっしゃるようにと」


「分かったわ、エドガー。じゃあこうしましょ」


 不意に、エミリーはパチンと両手を合わせた。


「ノアさまに、こちらに来てもらいましょう!」


「あぁ、いいんじゃないっすかね。むしろ来たがってましたし」


「それはダメ!」


 ノアとエミリーが好き勝手出来るところへなんてきたら、ますますやりたい放題になってしまう。


「ノアの立場を考えれば、も、申し訳ないけどこの家には……」


「いいんじゃないっすかね。今さら。あの人結構好き勝手やってますよね。基本やりたい放題ですよね」


「あら、私はそれでもいいわよ。楽しそうじゃない。きっと素敵な夏休みになるわ。ノアさまにこちらへ移っていただきましょう」


「待って!」


 本当にダメ。


絶対無理。


村祭りでの、自分のしでかした失態を思い出す。


ノアはどう思った? 


そんな昨日の今日で、ノアと普通に会える自信がない。


恥ずかしい。


「ね、もうちょっと待ってくれない? 今からすぐにってのは無理よ」


「どうして? じゃあ、明日にする?」


「出来るだけ早くお連れしろと。つーか、むしろ急いでくれません? 遅くなれば遅くなるだけ、私が後で色々文句言われるんですけど。逆にアデルさまがさっさと……」


「ちょっと静かにしてて!」


 私とエミリーは、同時に声を上げた。


ムッと眉根を寄せたエドガーは、それでも押し黙る。


「ね、アデルはどうしたいの?」


「……。それは、会いたいけど……」


「ね、だったらこうしない?」


 エミリーが耳元でささやく。


「えぇ? 本気なの?」


「大丈夫。どうせすぐバレるわ。ほんのちょっとの間だけよ」


 そんなことをしたって、何かが変わるとは思えないけど……。


「まぁ……。エミリーがそうしたいのなら、それでもいいわ」


 普通に「こんにちは」って顔を合わすより、ずっといいかも。


どうせこのまま、ノアを避け続けることも出来ない。


だったら、さっさと先に進めた方が……。


「じゃ、決まりね」


「もう。エミリーは天才ね」


「あら、知らなかったの?」


「ふふ」


 互いに顔を見合わせてクスクス笑う。


その横でエドガーの顔色だけがどんどん悪くなってゆく。


「あの……、お二方。何を思いついたか知りませんが、せめて概容だけでも私に教えてくださいませんかね」


「あら、そんなの。敵を騙すには味方からとおっしゃるでしょう? ねぇ、アデル」


「そうね。エドガーはどちらの味方かしら」


「いや、あのですね……」


「ね、アデル。協力するっていうのなら、教えてあげてもいいわよね」


「そうね、エミリー。いずれにしろ、エドガーの助けは必要だわ」


 彼は黙ったまま、何をどう答えていいのかが分からないみたいだ。


エミリーが私にささやく。


「じゃ、アデルさま。ご決断を」


「そういうことで。よろしくね、エドガー」


「くっ。わ、分かりました……。ア、アデルさまのご命令とあらば……」


 私がそう言うと、彼は渋々うなずいた。
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