第三王子の婚約者~内戦状態の母国から生き延びるため隣国へ送られた王女はそこで出会った王子と恋をする~

第3話

「やっぱり、最短でも4週間はかかるみたいだ。専門の技術者たちには先に出発してもらっていて、もう調査は開始しているんだけどね。僕が問題点なんかの報告を受け、どうするか一緒に考えることになってるんだ。あぁ、そういえばシモンも一緒に行くことにしたよ」


「シモンも?」


「うん。シモンには、もっと頑張ってもらわないといけないからね。コリンヌのためにも」


「実績を積ませるのね」


「そう。じゃないと、公爵家のお嬢さまは、なかなかに難しいからね」


 食事が終わり、最後のお茶が出された。


給仕が部屋から出ると、二人きりになる。


ノアは立ち上がった。


「アデル。こちらへ」


 差し出された腕の中に、私は吸い込まれるように寄り添う。


ノアはそんな私の背を抱きしめた。


「音楽はなくてもいいよね」


 彼は私の手を取ると、ゆっくりとステップを踏み始める。


「ね、アデルは僕がいない間、何するの?」


「別に何もしないと思うわ。いつものように、アカデミーに通って、エミリーたちとお茶してると思う」


「それだけ?」


 小さくターン。


この部屋のためだけに統一された、赤い絨毯が床にも壁にも敷き詰められ、金の刺繍が一面に施されている。


掛けられた絵は、これからノアの行くアリフの田園風景なのだろう。


荒れ果てた荒野の向こうに山脈が広がり、中央に曲がりくねった川が流れている。


「僕に手紙は書かないの?」


「書くよ」


「無事を祈ってお祈りは?」


「もちろん」


「寂しくて、泣いたりする?」


「ふふ。泣いちゃうかもね」


 そう言った瞬間、ノアはふわりと私を抱き上げると、出窓の縁に座らせた。


「それは泣かないで。アデルが泣いてるって聞いたら、僕は心配で何も出来なくなる」


 彼の頭が、スカートのひだに埋もれる。


私はミルクティー色の真っ直ぐな髪を、指でそっとすくう。


「だから約束して。僕がいなくても、決して泣かないで。君を泣かせるようなことがあれば、僕はいつでも、どこへでも飛んで行く」


「分かった。じゃあ泣かないわ」


「約束ね。君が笑って過ごしていられるくらいの間に、行って帰ってくるよ」


 ノアの背が伸びる。


唇が触れ、ゆっくりとそれが溶け合うまで、重ね合わせた。
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