この恋に名前をつけるなら
-第3章-

偽者の悪魔


高校を卒業し、2年が過ぎた20歳の秋、私に久しぶりの恋が訪れた。




仕事ばかりに専念していて、恋なんてしてこなかった。


恋人なんてできる面影もなかったし、誰も寄ってこない。



自分の敷いたレールをただひたすら進み続けるだけの毎日。




彼と出会って一本道のレールが枝分かれし、違う景色を映してくれた。


人は簡単に変わることはできない。



それでも、恋に臆病になった私を奮い立たせくれた彼は、いつも優しく私に接してくれた。



「結空ちゃんはさーー、何か好きな曲あるの?」



興味津々に彼は聞いてきた。



私は店員、彼はお客様。



今日初めて会ったばかりの彼……



知っているのは歳が同い年と名前が崎濱北斗《さきはま ほくと》ということだけ。



私は彼がさっき教えてくれた情報しか、全く知らない。


私は彼に対し、店員として愛想するだけで、あまり興味が湧かなかった。



「うーーん?よく聞くのはライフ ゴーズ オンですかね」



私は高校生の頃、仁くんとよく歌った思い出の曲を彼に告げた。


身体に染み付くぐらい歌い、そして、聴いた曲。忘れられない曲だった。



「あーーあれね!知ってる知ってる。俺もね、好きなんだよね」



彼の顔がフワッと輝き、笑顔になる。


とても笑顔が似合う人だった。



「そうなんですか?いい曲ですよねーー」



パソコンに向かって入力作業をしながら、私はにこやかに言った。


ただひたすら接客を全うするだけ……



「うん、結空ちゃんはさーー。カラオケとか行ったりすんの?」



「私ですか?私は歌うの好きなんで、よくカラオケに行きますよ」



彼は私がカラオケに行くことを知り、テンションが上がった。




「え!マジ?だったらさ、一緒に行かね?俺も好きなんだよねカラオケ」



「え?」



ついさっき会った人から誘われ、困惑する。私は店員で、あなたはお客様……



あまり彼のことを知らない私は、一緒に行くことに不安になった。



「いいじゃん!カラオケだけだからさ!」



「えーーでも……私、人見知りなんで、ちょっと……」



何とか行かないように、適当な嘘で、その場を凌ごうとしていた。


あまり乗り気ではなく、勝手に口が動いた。



「大丈夫だって!俺が盛り上げるからさ」



彼は満面の笑みで私を見つめる。


優しい瞳で問いかける彼を見て、私は数秒間、止まっていた。



「いやーー、でも……」




「じゃあさ、もし心変わりしたら教えてよ」


彼はそう告げると、LINEのIDを紙に書いて渡してきた。



「え?」



「はい、これ!俺はいつでも大丈夫だからさ。カラオケ行きたくなったらLINEちょーだい」



彼は優しく私に言った。


彼の優しい顔を見て、不安だった気持ちが、小さく和らいでいったのが分かった。


この人なら大丈夫だ。


そう自分に言い聞かして、紙を受け取る。



「わ、分かりました」



私はもらった紙を握りしめると、彼は帰って行った。


正直、嬉しかった。


男性と出会いなんて少なかったし、新しい恋に発展するチャンスを逃したくなかった。



仁くんと別れてから今まで、私に寄ってくる男性など居ない。



でも、彼は私に興味を持ち、気軽に話しかけてくれた。
< 131 / 166 >

この作品をシェア

pagetop