そして消えゆく君の声
 細い肩が震えたのは、きっと寒さのせいじゃない。

 黒く塗りつぶされた目に浮かび上がる奇妙な熱は、冷えた心をあぶる悔恨のようだった。


 なぜそばにいてくれないのか。

 なぜ自分を見てくれないのか。

 自分にはこの人しかいないのに。


 兄には兄の事情があるのだと、頭ではわかっていても、幼い心は納得できなかったのだろう。


 胸につのる寂しさと鬱屈。

 やがて吹き出した負の感情は、想う気持ちと同じ強さで渦を巻いた。


「不安だった。どんどん新しい世界を知って大人になる兄が、俺から離れて行くんじゃないかって。玩具の飛行機なんてなくても、兄は色んなところに出かけていたから。誰にも求められない自分と比較して、嫉妬する気持ちもあった」


 とめどなく紡がれる言葉が、痛切な色を帯びる。


「十歳の、誕生日に。……朝から忙しそうにしている兄が、今日のことを忘れているんだと思った俺は、黙って例の飛行機を持ち出した」
 
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