月がてらす道
「──それは確かに、僕の不徳の致すところであったと反省しています。彼女にはふられたと思っていましたから、傷心を引きずってもおりましたし。そこに専務、お父上からお話を頂いて、澄美子さんに『会ってみたい』と思ってしまったんです。僕も男ですから、美人で魅力的な方には会ってみたいと思うのは自然なことで」
「そんな一般論はどうでもいいです。問題は、私とお見合いしておきながら、どうして他の女性に目移りするのかということで」
澄美子は半ば叫ぶようにそう言った。自身の優位を、自身の方が優れていることをかけらも疑っていない表情。
なるほどな、と尚隆は醒めた頭で思う。澄美子は、自分の都合が良いように事が運んでいる時には上品に聡明に振る舞えるが、そうでなくなると態度を一転させて、子供のように「なぜ」を繰り返すのだ。それもわがままな子供のように、ヒステリックに。
「ですから、僕はもともと彼女が好きだったんですよ。それについては本当に、澄美子さんには失礼なことをしたと」
こちらの言葉が終わる前に、澄美子はつり上げた眉を目をさらに鋭くした。もとが美しいだけに、怒った顔は恐ろしげで、般若面のような表情だと思った。
「失礼すぎますわ。どうして私が、あんな普通の女性なんかに」
「あんな?」
聞き咎め、尚隆はおうむ返しに尋ねる。澄美子は一瞬きょとんとしたが、遅れて何を言ったか気づいたようで、はっと口を押さえた。
「彼女を、みづほを知っているんですか。どうして」
知る限り澄美子は、みづほに会うどころか、見たこともないはずである。それなのになぜ。
ふいに、頭にひらめくものがあった。
「……もしかして、彼女と会うところを見ていたのは」
本庄ではなく、澄美子だったというのか?
喉に何かが詰まったような表情で、澄美子は沈黙する。その反応で、澄美子があの日の、あの夜の一幕を見ていたのは間違いないと思われた。
尚隆は辛抱強く待った。澄美子が自分から話してくれる時を。──そして数分後、澄美子は折れた。
「……会うのを見ていたのは、確かです。あなたの様子が気になったので、タクシーは途中で降りて、どこに行くつもりなのか後を付けました」