月がてらす道

 それと知ったのは「今度は経理の子だって?」と、外回りから帰ってきた森宮に尋ねられたからである。
 「ほんっとに罪な奴だな、おまえ」
 「そういう言い方やめてください」
 社内的にどう見られていようと、自分自身は別に、罪なことをしているつもりはこれっぽちもない。大事な女と子供がいるから、他の女性と付き合うつもりはないというだけの話だ。なのにどういうわけか、転勤の内示が出た頃からにわかに、告白されることが重なった。
 「そりゃあ、支社から本社に呼ばれるってことは、事実上の栄転だからな。女子的にはおいしい物件だと思うだろ」
 とは森宮の弁である。全社の稼ぎ頭である本社営業部は実際、各支社の営業部員にとっては憧れの部署だ。そこへ転勤ということは一定の評価をされたと推察できるわけで、それ自体は非常に嬉しく思うのだが。
 「そういうもんなんですか?」
 「そういうもんだよ。なんだかんだ言ったって基本、稼ぎのいい奴の方がモテるようになってんだし」
 だからと言って、これまで誰からも何のアプローチもされてこなかったのに、いきなり何人も出没するなんて事態が、果たしてあり得るのか。
 「まあ、中にはひそかに慕ってたって子もいるかもしれないけど? 今日の岡島さんなんかはそれっぽかったんじゃね」
 純情そうだもんな、と森宮は続けた。確かに、今時の若い女性には珍しく、すれた雰囲気の全くない子であった。
 「どっちにしたって俺たちにはうらやましい話だよ。本社に行く上、女に不自由しないなんてさ」
 「だから、そういう言い方しないでください」
 本社に移るのは同僚に羨まれても仕方ないと思うが、後者に関してはとんでもない言われようだ。濡れ衣もいいところである。
 「わーってるよ。おまえは主任さん一筋だもんな、あ、元主任さんか」
 そもそも、このこと──みづほが尚隆の子供を産んで育てていることを誰が聞きつけて広めたのかも、はっきり言えば謎であった。百歩譲って、自分がみづほを追いかけていたことは、調べる際になりふり構っていられなかったから噂されても仕方なかっただろうが、その後の顛末については、当然だが自分からは誰にも何も話していないのだから、知られたのは不思議としか言いようがなかった。
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