似非聖女呼ばわりされたので、スローライフ満喫しながら引き篭もります

その51

 エフラムが湖の館へと訪れたおよそ一週間後、約束通り予定を合わせた二人は王都の中心街へと訪れていた。

 以前二人で町に出掛けた時と同様にエフラムは髪を黒に、オリヴィアは茶色に染め、平服に身を包む。勿論目的は氷菓子。その前に神殿へ行ってお祈りも済ませて来た。

 何種類もあるフレーバーの中から二種類と、ワッフルや果物などのトッピングを選んで、カップに盛り付けられた物が提供される。
 二人は互いのジェラートを味見し合ったりと、終始楽しい時間を過ごしていた。

「とっても美味しかったです。暑くなってくると、絶対に恋しくなる程のやみつき具合です!」
「そうだね、夏にもまた来よう」

 食べ終えた直後、軽い運動がてらそのまま町を散策する事にした。
 会話の流れで、自然と次の約束を交わせるのが嬉しい。そして、二人が視線の先に気付いたのはほぼ同時だった。

「あ……」

 この道を真っ直ぐ歩いた先の噴水辺りに、見慣れた亜麻色の髪、いかにも高位貴族といった出で立ちの貴公子──ヨシュア。その連れであるアイリーンが談笑していた。
 茶髪に平服と、町に溶け込む二人に対し特に変装もしないヨシュアはかなり目立つ。
 向こうがこちらに気付く前に、丁度噴水に隠れる角度に移動した。

「行こう」

 エフラムに手を引かれ、反対の道へと進み出すと、すかさずグレンがオリヴィアの背後に回った。
 振り返ったオリヴィアが、ヨシュア達を視界に入れてしまわぬようにと、グレンは遮るように立つ。

「オリヴィア様はお気になさらぬよう」
「ど、何処にいらっしゃったのですか?全く気付きませんでしたっ」
「お二人の邪魔をしてはいけないと、護衛に徹しておりました」
「そうだったのですね……っ」

 全く気付かれる事なく護衛し、何かあれば瞬時に現れるとはやはり騎士は凄いと、オリヴィアは先日のカルロス同様改めて彼らの存在に感動を覚えていた。

 そんなオリヴィア達三人の横を、一人の少年が駆け抜けて行く。何となく少年が気になったものの、ヨシュア達から遠ざけてくれようとする二人に迷惑を掛けまいと、オリヴィアは歩き出した。

 次の瞬間、派手な音が聞こえたと同時に、オリヴィアは再び振り返ってしまった。

 走っていた少年が転倒している。
 驚いたオリヴィアが「あっ」と小さな声で呟くと、反対側にいたアイリーンがすぐに少年の元へと駆け寄り、声を掛けた。

「僕、大丈夫?」

 石畳で膝を擦りむいてしまったらしい。少年の着衣は白のチェニックに短パンで、剥き出しの膝小僧から血が出てしまっている。痛みと驚きで少年は涙を浮かべていた。

「見せてみて」

 アイリーンが少年の膝に手をかざすと暖かな光が現れ、徐々に傷口が塞いでいく。

「わぁ……凄い」

 完全に傷が治ると、少年は思わず呟いた。

「当然だ、アイリーンこそが聖女なのだからな」

 何もしていないヨシュアが何故か得意げに言っているが、アイリーンは特に気にした様子もなく終始にこにこと笑顔で対応している。
 少年がお礼を行って、去っていくのをアイリーンは手を振り見送った。

 身分差から、価値観の違いは必ずあるように思える二人だが、傲慢なヨシュアに嫌な顔一つ見せる様子がない彼女は、とてもおおらかな女性ということが伺える。

 更に、近くでアイリーン達の様子を見ていた人物が、声を掛けた。

「すみません聖女様、もしよろしければ自分も……実は数日前屋根の修理をしている時に足を滑らせてしまいまして、咄嗟に受け身をとったものの腕がこの有様でして……」

 男性は二十代後半と言ったた風貌。彼は腕のみならず、頭部にも包帯を巻いていて、頬にも擦り傷など、一目見て無数の怪我をしているのが分かる。

「気安く話し掛けるとは、無礼だぞ貴様」
「大丈夫ですよ、見せて下さい」
「アイリーンがそう言うならいいだろう」

 不機嫌を前面に出すヨシュアとは対照に、アイリーンはやはり気さくに対応をしようとする。そんなアイリーンの様子にヨシュアも直ぐ様手のひらを返した。

「流石聖女様、ありがとうございます!」

 怪我を見てもらう為に包帯を外した。だが一瞬、陽の光に反射して何かが光る。見逃さなかったヨシュアが不審に思い、咄嗟にアイリーンを庇った──。

「!!アイリーン、危ない!!」

 衝撃と共に、かつて感じたことの無い激痛に襲われ、ヨシュアは顔を歪める。

「貴様……何を……!?」
「きゃぁぁぁぁ!!」

 アイリーンの悲鳴を聞いて、ヨシュアはようやく自身の右手首が地面へと転がり落ちている事に気付いた。
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