似非聖女呼ばわりされたので、スローライフ満喫しながら引き篭もります

アイリーン①

 アイリーンはランス地方にある、辺境の小さな町で生まれ育った。

 彼女には怪我を治す特殊な力が、生まれながらにして備わっていた。魔法がありふれたこの世界であっても、傷を癒す力はとても珍しいとされている。

 その珍しい癒しの力を持つ一人が、王都にいる聖女だというのは、広く知れ渡っている。それは端っこに位置する、この辺境の町でも例外ではない。

 自分は聖女に等しい力を持っている。
 では、王都で聖女と称えられる少女と自分とでは一体何が違うのかと、アイリーンがふと思っても仕方がない。
 現在聖女とされている少女は天使のように美しく、そして高貴な家柄の産まれなのだと聞く。
 もし仮に彼女と全く同じ力があったとしても、きっと国は貴族令嬢を選ぶのではないだろうかと、考えた事さえある。

 それでもアイリーンは自分のチカラに傲り高ぶらず、不平等を嘆く事なく、怪我人の傷を治す以外では平凡に暮らしてきた。

 そんなある日。
 自分の前に、王子様が現れた。
 綺麗な亜麻色の髪にエメラルドグリーンの瞳の、まるで王子様のような人。
 その人は怪我を負っていて、辛そうだったけれど、その表情すら絵になった。
 そして従者や騎士を連れているので、高貴な身分である事は一目で分かる。
 それどころかアイリーンが治療役を買ってでると断られてしまった程。ただ治療をするだけだと言っているのに、軽々しく近づいてはいけないらしい。
 高貴な方々とは、つくづく面倒だと改めて認識した。

 結局お医者様が治癒魔法の証人となってくれた事で、従者は渋々アイリーンが治療を施すのを納得してくれた。
 お医者様の言葉なら、聞き入れるらしい。

 それでもなお疑いの目を向け、警戒を怠らない従者に対し、アイリーンは告げる。

「触れなくても治せますから、この距離からでも大丈夫です。少しでも不審な事を私がしたら、取り押さえて貰って結構です」

 ヨシュアが負った怪我の辺りに、アイリーンが手をかざした途端。ヨシュアを光が包み、生々しい傷は塞いでいった。発言通り、その間アイリーンはヨシュアには一切触れずに。

 お付きの従者や騎士達は、不信感を一気に吹き飛ばす。当のヨシュアの顔からは苦痛が消え「ありがとう」と柔らかく、アイリーンへと微笑んだ。彼との視線が合わさると、そのエメラルドグリーンの瞳の美しさに驚かされた。

 何の打算もなく傷を癒し、笑顔でお別れをした。相手が貴族様でも王子様でもそうでなくとも、痛みに苦しむ人がいれば助ける。今までもアイリーンはそうだった。
 自分の力を誰かのために使える事は嬉しい。
 神もきっと他人のために力を使うよう、自分にこの力を授けたのだろう。そう信じていた。
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