契約妻失格と言った俺様御曹司の溺愛が溢れて満たされました【憧れシンデレラシリーズ】
意外な答えだった。海運会社にとって船員はなくてはならない存在で、彼らがいなくては成り立たない。

でも創業者一族の御曹司である彼が憧れる職業ではないように思う。

「海が好きなんだよ。でっかくてどこまでも続いている。船があれば、世界中どこへでも行けるんだ。考えるだけでドキドキする。……どれだけ見ていても飽きないよ。船乗りは、一年の半分以上を海の上で過ごせるんだ。幸せだと思わないか?」
 
真っ直ぐな思いを語るその彼の視線は、煌めく海を行く船を見つめたままだった。

「どうしてもなりたいと反発して親を困らせたこともあったな。さすがに今は、納得してるけど。好きな気持ちは変わらない」
 
言い終えて、和樹が楓に視線を戻す。
 
楓の鼓動がとくんと跳ねた。
 
まるで大海原を映し込んだような彼の綺麗な瞳を見つめながら、楓は最近彼が立ち上げたあるプロジェクトのことを思い出していた。
 
船員たちの職場環境の改善に関するプロジェクトである。船員たちは、多くの時間を家族と離れて海の上で過ごす。

当然休む時間も船の中だ。

とてもじゃないが、プライベート空間の確保などはできないから、ストレスを抱えることが多かった。
 
それを解消するために、船自体を改装して、彼らがよりよい環境で働けるようにしようという計画だ。
 
だがすべての船に、それを実現するためには莫大な資金が必要だ。

しかも船員でない本社の人間にはいまひとつピンとこない部分でもあるため、反対の声も少なくはないという。

それでも彼は、熱心に取り組んでいるという。
 
船員を『船乗り』と呼ぶ彼は、経営者一族の御曹司として船に乗ることはできなくても心は常に彼らとともにあるということだろう。
 
胸を撃ち抜かれたような心地がした。
 
会社を思う彼の情熱は本物だ。
 
彼が副社長に就任してからの半年で、代替わりを不安視する社員の不安はなくなりつつあった。
 
たくさんのプロジェクトに携わり、どんなに忙しくとも、メンバーの意見ひとつひとつに丁寧に耳を傾ける彼が、後継者でよかったと、はっきり口にする社員も少なくはない。

『三葉和樹は三葉商船にとってなくてはならない存在となるだろう』
 
そう言ったの誰だったか。
 
彼がトップに立てば、三葉商船はさらなる発展を遂げるだろう。

「出張も、本当は飛行機じゃなくて船を使いたい。船が飛行機に負けるのは、スピードだけだ」
 
無邪気な対抗心を口にして、彼はまた大海原に目をやった。

少し癖のある黒い髪が日の光が透けるのを、楓はジッと見つめていた。

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