名前のない贄娘

贄の少女


――それは突然のことであった。

少女は村から少し離れた山の麓にある木造の小屋に暮らしていた。

両親は少女が生まれてすぐに亡くなり、両親と馴染みのあった男によって育てられた。

口は悪く、身だしなみもお世辞には良いとは言えない。

酒飲みでろくに働きもしない男であったが、血も繋がらない少女を男手一つで育ててくれたのだった。


「おじさん、ただいま戻りました。今日はいっぱい山菜がとれたんです……よ……」


両手で抱えた籠の中には山菜が入っており、それを持つ少女は今日の夕飯は山菜の天ぷらでも作ろうかとのんきに考えながら小屋に戻る。

いつものようにぐうたらとしている養父に声をかけて中に入る……それが少女にとっての日常であった。

だが珍しく養父は上体を起こして身だしなみを整えて、来客をもてなしていた。

来客である男二人は少女を見るやいなや立ち上がり、少女の両腕を掴んで拘束するのであった。

山菜の入った籠は落ち、地面に山菜が散らばった。


「な、なに……おじさん、この人たちは……」

「お前とは今日でお別れだ」

「え、何を言っているの? ねぇ、この人たちは誰なの?」

「これからはそちらさんがおめぇの面倒を見てくれるってよ。あー、やっとめんどくせぇ役目から解放されたぜ」

「ねぇ、だから何を言っているの!? 意味が分かんないよ!」


突然のことに何が起きているのかが理解できなかった。

養父は少女を見てニタリと笑うと、懐から金銭の入った袋を取り出した。

重たい音を立てて床に置かれた袋からは金貨が数枚こぼれ落ちるのだった。


「お前、バカなの? この状況見りゃわかんだろ。売られたんだよ、てめぇは!」

「……嘘。おじさんは私を売ったりなんかしない! おじさん!おじさっ……!」


両腕を掴んでいた二人の内、一人が思い切り少女の腹を殴りつける。

襲いかかった強い衝撃に視界がグラつき、少女の身体から力が抜けていく。

手を伸ばして養父に助けを求めようとするも、養父は冷たい眼差しで少女を見ているだけであった。

それが突如として訪れた養父との別れであった。
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