名前のない贄娘

抉られる心

それから少女は男の家で明るく前向きに生きるようになった。

男と共に裏山に行って山菜をとり、それを使って料理をしたりした。

庭の鯉に餌やりをしたり、花の手入れをしたりと自由で好きな時間を過ごすことが出来、少女は幸せであった。

最近は男が少女の隣で寝ることを好むようになり、一緒眠っている。

朝起きて、男の美しい銀髪を櫛で梳くことが好きであった。


「貴方様の髪は本当に綺麗ですね」

「そうか。私はそなたの黒髪の方が好ましいがな」

「……そんなことを言うのは貴方様くらいです」


さらりと銀の髪が揺れる。

男が少女の身体を抱き寄せ、あぐらをかいた足にのせるとそのまま包み込むように抱きしめる。

抱きしめられると優しい白檀の香りがした。



ーーだがその幸せは一瞬にしてヒビが入る。

少女を抱きしめる男の身体がピクリと動く。

顔を上げ、険しい顔をすると少女を抱きしめる腕を解き、少女を畳の上におろす。

立ち上がるとそのまま障子の扉を開き、母屋の方を見つめる。


黒い煙がゆらゆらと部屋に入り込んでくる。

それが男の腕に巻き付き、蛇のように締め付けやがて馴染んでいった。

異様な光景に少女は膝をつきながら歩み寄り、男の指先に触れる。


男は指先を丸め、少女の手を握ると眉間に皺を寄せながら口を開いた。
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