名前のない贄娘

あなたと異なる世界

次の日、少女はまた膝を抱えて庭を眺めているときだった。

板の上を荒々しく歩いてくる足音が聞こえた。

その音に少女は顔を上げ、チラリと音の方へと目を向ける。

そこにはこれまでとは打って変わって嬉々とした様子を見せる男の姿があった。

男は少女を視界に入れるとすぐさま少女を持ち上げ、ハッキリとした声で少女に告げた。


「街へ行くぞ!」

「街……ですか?」

「決まりだ。行くぞ」

「ふぇっ……きゃ!」


男は少女の身体を肩に抱えると早足で廊下を歩いていく。

この邸の玄関であろう場所に着くと、木でできた見事な下駄を履いて外へ出る。

小さな草履を手に持っていたが、それを地面に置くとそこに少女の細い身体もおろす。

男に支えられるようにして地面に足をつけた少女は、困ったように男を見上げる。

出会ったときの残虐性はどこへ行ったのやら、妙に少女に優しい男に対し、激しく心臓が鼓動を打つのであった。


「あの……街に行くって……」

「お前にあやかしの街を見せてやろう。と、その前に」


そう言って男は着物の裾に入れていたお面を少女の顔につけてくる。

急なことによく分からなくなった少女は、お面を額まで持ち上げ、男を見上げていた。


「これはなんですか?」

「この世界で人間はすぐに喰われる。そのお面は匂い消しさ」


いまいちよく分からなかったが、このお面をつけている必要があるのだろうと理解した少女は、押さえつけるようにしてお面を被る。

それを見た男は楽しそうに笑い、小さくて白い少女の手を握った。

お面をつけていてよかったのかもしれない。

男の容姿は現実離れをしているほどに美しい。

そんな美しい顔に微笑まれて赤面するしかなかった。

気恥ずかしくなった少女は、男から目を逸らし、耳まで赤くなった顔を隠すのであった。
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