狂愛メランコリー

 見慣れない男子が立っていた。

 耳につけたピアスや着崩した制服から、不良っぽい印象を受ける。

 彼の浮かべた険しい表情は、怒っているゆえだろうか。

 どこか驚きが入り混じっている。

「あの……?」

 思わず声をかける。

 どうしたのだろう。正直、何だか怖い。

「お前、無事だったのか」

「え?」

 困惑した。
 いったい何の話だろう。

向坂(こうさか)くんだよね。何か用?」

 首を傾げた理人が割って入り、一歩前に立つ。

 向坂と呼ばれた彼は、一層厳しい顔つきで理人を睨みつけた。

「白々しいんだよ、クソ野郎。警察呼ぶぞ」

 向坂くんが理人の胸ぐらを掴んだ。

 理人は眉を寄せる。

 私は突然のことにおろおろと狼狽えてしまう。

「落ち着いて。全然話が見えないよ」

「ふざけんな。とぼけんのもいい加減にしろよ! お前が花宮(はなみや)を────」

「ちょっと。どう考えても君の方が警察のお世話になりそうだけど」

 向坂くんの凄みにも理人はまったく怯まず冷静そのものだった。

(ていうか、私の名前……)

 なぜ、知っているのだろう。

 私は彼を知らないはずなのに。

「そろそろ離してくれない?」

 理人は困ったように笑って言った。

 いつの間にか周囲に人だかりが出来ており、ざわめきの渦中にいた。

「…………」

 向坂くんはばつが悪そうに舌打ちして理人を離す。

 一瞬だけ私に目をやり、踵を返すと去っていった。



「だ、大丈夫?」

「うん、平気。菜乃こそ大丈夫? 怖かったよね」

 襟を整えた理人はいつも通りの笑顔を湛える。

「私は全然……。あの、向坂くんって?」

「僕と同じクラス、向坂(じん)くん」

 フルネームを聞けば、何となく聞き覚えがあるような気がした。

 不良の問題児としてよく名前が上がるのだ。

 そんな彼が、なぜ私のことを知っているのだろう。

 “無事だったのか”という言葉も意味が分からない。

 はっきりと私の名が呼ばれた以上、人違いというわけでもないのだろう。

「あまり気にしなくていいんじゃない? 行こうか」

 理人は自身の言葉通り、深く気に留めていないようだ。

 彼に促され、私も歩き出す。

 気がかりではあるが、向坂くんに話しかける勇気はない。



 1限の授業が始まると、窓の外を眺めつつぼんやりした。

 不意に今朝見た夢を思い出す。

(嫌な……怖い夢だった)

 漠然とそんな印象が残っている。

 目を閉じると、断片的な欠片が不鮮明ながら蘇ってきた。

(苦しかったな……)

 思わず首に手を添える。

 ────誰かに、首を絞められて殺された。

 そんな悪夢だった。

 あれは誰だったんだろう。

 黒い靄がかかっているようで、相手の顔がはっきりと見えない。
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