狂愛メランコリー

 理人は再びパイプを振り上げる。

 咄嗟の判断で彼に背を向けた向坂くんが、抱き締めるみたいに私に覆い被さった。

 理解が追いつかないでいるうちに、振り下ろされたパイプが向坂くんの後頭部に直撃する。

「く……」

 鮮血が花弁のように散った。

 小さく呻いた彼は、がく、と膝から床に崩れ落ちる。

「向坂くん!」

 割れた鏡の上に倒れ込む向坂くん。

 大小様々な破片が彼に噛みつく。

 思わず、慌てて屈もうとしたが、それを阻むように動いた理人に捕まった。

「……っ」

 ガッ、と勢いよく首を掴まれ、だん、と背中を壁に押し当てられる。

「う、ぅ……」

 鏡があった位置だ。

 尖った破片があちこちに突き刺さり、鋭い痛みが走った。

 じわ、と滲んだ血が垂れていくのが分かる。

「助け、て。やめて、理人……」

 縋るように彼を見上げ、首を絞めるその手を掴んだ。

 片手だというのに、ぎりぎりと締め上げる力はやはり私の比じゃない。

「……黙れ」

 理人は今までで一番、冷酷な表情をしていた。

 私に“偽物”と言い放ったことも併せ、今回の私に対しては、強い憎しみを抱いているようだ。

 ……記憶を持っていながら、理人の求める私じゃなくなったから?

「三澄……」

 うつ伏せに倒れている向坂くんが、力なく理人に手を伸ばす。

 それが及ぶはずもなく、私の首はきつく締め上げられ続けた。

 呼吸が苦しい。圧迫されて突き刺さった爪が痛い。

 視野が黒く狭まっていく。

 心臓の音がだんだんと鈍くなっていく。

 理人が放るように私から手を離した。

 手足の感覚が麻痺し、力が入らなくなっていた私は、へたり込むように床に落ちる。

 鏡の破片の海へと沈み込んでいく。

「花宮……!」

 焦ったような向坂くんの声が、遠くに霞んで聞こえた。

 水面を揺蕩(たゆた)うようにゆっくりと、私の命が尽きていく。



*



 菜乃の殺される瞬間を目の当たりにした仁は、衝撃と憤りを滲ませた。

 本当は今すぐにでも掴みかかりたいくらいなのに、意思に反して身体が動かない。

 後頭部からの出血が止まらず、半分朦朧としている。

「……次は君の番」

 鉄パイプを引きずる理人が、冷ややかに仁を見下ろした。

 金属の先端が床と擦れ、甲高い音を立てる。

 鏡の欠片が弾かれると、金切り声のように響いた。

「…………」

 理人がパイプを振り上げる様を、ぼんやりと眺める。

 このまま何もしなくても、恐らく死ぬのだろう。

 血の気が引き、意識が遠のいていっているのが自分でも分かった。

 勢いよく、鉄パイプが振り下ろされる。

 ────ぐしゃ、と頭部の潰れた音がすると、理人の白い頬が返り血で染まった。
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