狂愛メランコリー
向坂くんが私の左手を取った。
「え……っ」
そのまま手を引いて駆けると、渡り廊下で立ち止まる。
理人から遠ざかるように。
穏やかに吹き抜ける風を感じながら、どこか既視感を覚えた。
前にも、こんなことがあったような……?
でも、何だか少し違う。
この強引さは、彼のわがままや独りよがりによるものではないとはっきり分かる。
手を離した向坂くんはスマホを取り出した。
「交換」
ぶっきらぼうかつ端的に言われたものの、その意図は分かった。
連絡先を交換しておこう、ということだ。
ほとんど反射のように私も自分のスマホを手にするが、つい躊躇ってしまう。
「でも、戻ったら消えちゃうよ。意味ないんじゃ────」
「そしたらまた交換すりゃいいだろ」
殺されて巻き戻れば、彼の連絡先どころか交換した事実すら消えてしまう。
それでも向坂くんは毅然としてそう言った。
メッセージアプリ内で互いにアカウントを追加しておく。
画面に表示された彼のアカウントを眺め、両手で包み込むようにスマホを握り締めた。
「……ありがとう」
────嬉しい。
じんわりと胸の内があたたかくなり、気付かないうちに表情が緩む。
これで、いつでも向坂くんと話せる。
心強く感じられ、彼の気遣いに改めて感謝した。
お守りみたいだ。
「おう、何かあったら言えよ。まぁ……“前回”の最期みてぇになるかもしんねぇけど、記憶保てるならそれはそれでいーだろ」
向坂くんは自身の髪をくしゃりとかき混ぜて言った。
「俺も忘れたくねぇしな」
私のせいで巻き込まれて、私のせいで殺されるかもしれないのに、そんなことを言ってくれるなんて。
……本当に、彼がいてくれてよかった。
「────じゃ、また昼休みにいつもんとこで」
踵を返した向坂くんが言う。
驚いた私は思わず「えっ」と声を上げてしまった。
それが何を意味するのか、分かって言っているのだろうか。
理人への全面的な反抗だ。
“前回”、あそこまでして私と向坂くんの邂逅を阻もうとした理人だ。
今回だって、何らかの策を講じている可能性がある。
彼も記憶を保持しているのなら、私への監視も相当厳しくなっているはずだ。
振り向いた向坂くんは、それでも挑むような眼差しを私に注ぐ。
「うまくやるんだろ? だったら、俺も遠慮しない」