Melts in your mouth


カタカタとPCに向かって担当している漫画家さんへの業務メールを打っていると、あんなに平野ストーリーを楽しそうに展開していた新入社員が突然静まり返った。


それもそれで酷く奇妙で怪訝に思った次の瞬間。



永琉(える)せーんぱい♡」



この世で最も嫌いな男の声が降り注いだ。鳥肌の嵐が私の両腕両脚に吹き荒れる。動き続けていた指もピタリと止まってその代わりにピクピクと小さな痙攣を起こしている。因みにこの症状を私は平野嫌悪病と名付けている。

実に稀な病気だ。十三億人に一人が発病する難病だ。


早朝なのに早速胃もたれを起こしそうになりながら視線を持ち上げると、私の向かいのデスクで両手で頬杖を突いている男が端麗な顔に満面の笑みを貼り付けた。



「あ、永琉先輩と今日も目が合っちゃった。やっぱり俺達って運命の赤い糸で結ばれてますね。」



何言ってんだこいつ。何言ってんだこいつ。何言ってんだこいつ。


こちらの心の温度が氷点下に達しているなんて露程にも知らない新入社員がキャーキャー騒いでいて、「平野王子」なんて悪寒の走る単語を製造している。



「おはようございます、永琉先輩。」

「おはよう平野。」

「今日も綺麗ですね。」

「そういえば昨日、平野が退社した後に平野の担当している漫画家さんから電話あって…「今日も綺麗ですね。」」

「平野が出勤したら折り返し連絡欲しいって伝言預かって…「今日も綺麗ですね。」」

「……。」

「今日も綺麗ですね。」

「もう聞いた。しかも四回も。」

「あ、良かったー。てっきり永琉先輩に無視されてると思っちゃいましたー。あの漫画家さん俺と話したいだけって時が結構あるんですよね…あ、こんな事言ったら永琉先輩妬いちゃう?」

「全然。」

「なーんだ。」


“残念”



向かいの席から腕を伸ばして私のデスクにあるビターチョコレートを平然と窃盗した男は、チョコレートを口に含んで包み紙を頬杖を突いているデスクに落とした。おい、そこ部長のデスクだぞ。


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