捨てられ令嬢は溺愛ルートを開拓中〜ひとつ屋根の下で始まる歳上魔法使い様との甘いロマンス〜

聖マリアンヌ学園


 新学期である。
 クララは、(セント)マリアンヌ学園の中等部から、晴れて高等部へ進級した。
 クララが通う聖マリアンヌ学園は、幼稚舎から大学部まであるいわゆる上流階級の子どもたちが通う名門学園である。
 
 敷地内には校舎や寮だけでなく、魔法技能場や森や湖などもあるため、かなり広い。

 クララとクロウが住むのは、街外れの森の中だ。ちらちらと木の葉に沿うように揺れる木漏れ日が目に優しく、空気も美味しい。
 森林浴をしながらという贅沢な登校と出勤である。
 クララはこの道を気に入っているが、雨の日の翌日なんかは、ぬかるんだ道でブーツが汚れるので少し困ったりもする。そういう場合は、いつもクロウが魔法で綺麗にしてくれるのだが。
 
 鳥の声を聴きながら、クララはクロウとともに月桂樹のトンネルを東に歩いていく。
「クララ、今日は式典だけだから早く終わるだろう? せっかくだし、街にでも行こうか」
「うん。ちょうど買い足したいものがあるから助かる」
 
 買い出しは、魔法が使えないクララにとっては地味に大変な仕事である。重い荷物を持ったり、大きな紙袋で視界が遮られ、森を抜けるのも一苦労だ。
 
 チョーカーがあれば魔法を使えないこともないが、それには魔法石のエネルギーを使用するので無駄遣いするのも気が引ける。その点、クロウと行けばタダの魔法で楽々に荷物も運べるのだ。持つべきものは優秀な魔法使いである。
 
「じゃあ、仕事が片付いたら迎えに行くよ」
「うん。あ、クロウ」
「ん?」
「買い出しついでに、新しくできたドーナツ屋さんに寄って行きたいなぁなんて思ってたんだけど……」
 ちろ、とクロウを見上げる。
「ドーナツね。うん。買い物が済んだらお茶してから帰ろう」
「やった!」
 まあ、最初からダメだと言われる気はしなかったが。
 クロウがクララのお願いを無下にしたことは一度もない。クロウはいつだってクララを一番に優先する。
 
 それからの通学路は、クララはドーナツのことで頭がいっぱいになっていた。
 
 クロウと校舎に足を踏み入れると、 
「クララー!」
 背後から名前を呼ばれ、クララは振り向いた。そこにいたのは、クララの初等部からの幼馴染であるシャルル・アンジェリルである。
 
 飴色のストレート髪に飴色の瞳を持つシャルルは、国の官僚の娘だ。
 性格は明るく、お嬢様だというのに嫌味なところがまるでない。
 身元不明であるクララのことを敬遠するクラスメイトたちも多い中、シャルルは無邪気に話しかけてきてくれた。そういう子である。

「シャルル! おはよう」
「おはよう。クロウ先生もごきげんよう」
「あぁ、おはよう。アンジェリルさん」
 クロウはにこやかな外向けの笑みを浮かべてシャルルを見た。ぽっとシャルルの頬が桃色に染まる。
 
 クロウはシャルルからクララに視線を戻すと、
「じゃあ、僕は先に行くよ」と、クララと繋いでいた手を解いた。
「あぁ、うん」
 手のひらから、すうっと温度が引いていく。
 あっという間に小さくなっていく後ろ姿に、今さらながらクロウがクララに歩調を合わせてくれていたことに気付く。

「ごめん、邪魔した?」
 シャルルが心配げに聞いてくる。
「ううん。そんなことない。行こ!」
 気遣うようなシャルルの視線に笑みを返し、クララはシャルルと並んで再び歩き出す。
 
「ねぇクララ、高等部のクラス分けは進級前最後の試験の結果で振り分けられるって知ってた?」
「あぁ、この前やった実力テスト? そうだったんだ」
 春休みに入る直前にやった実力テストのことだ。どうやら、あれの成績で高等部のクラスは決まるらしい。特別頑張ったわけではなかったが、自信がないでもない。
 
「しかもあのテスト、結果も張り出されるんだって! 私、そうだと知らずに結構サボっちゃったから……あぁ、クララとクラス離れたらどうしよう」
 シャルルは眉を八の字にしながら、ぎゅっと抱きついてくる。
 
「気にしなくても大丈夫だよ。きっと同じクラスだから」
 何組になるかは知らないが、これだけは確信を持って言える。
「まぁ。クララは余裕ね……さすがだわ」
「いや、そんなことはないけど」
 本当に、そんなことはないのである。
 
 ただ、クララには過保護な保護者がひとりいるのだ。名を、クロウという。
 そして彼は、この国でも随一の大魔法使いである。

 シャルルは両手をきゅっと握り合わせ、空を見上げた。
「まぁ……初等部から中等部までずっと同じクラスだったから、高等部もそうであることを願うけれど……でもなぁ。こればっかりは運だものね」
 運じゃないのだな、これが。
「……シャルルは素直でいい子だね」
 クララは思わず、穏やかな笑みが零れた。どうかこのまま純粋に育ってほしいと思う。
 
「なに? 急に」
 シャルルが怪訝な顔をした。
「ううん。クロウも、いつもシャルルはいい子だねって言ってる」
「えっ、やだ! クロウ先生の前で私の話しないでよ、恥ずかしいわ」
「ごめん。だってシャルルといると楽しいから、そういう話をしたくなるんだもん」
 素直に言うと、シャルルはぽっと頬を染めた。
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