シンデレラは王子様と離婚することになりました。
 昨夜は『じいちゃんが死ぬ前に』なんて不謹慎でフランクな言い方だったけれど、社長とおじい様の関係は上下関係がはっきりしているのが伝わってきた。社長が急いで結婚相手を見つけようとする理由がわかったような気がする。
 社長とおじい様をエレベーターまで見送ったあと、高城さんと二人きりになったので、ようやく素で話すことができた。

「ちょっと、さっきの話は本当ですか⁉ 一ヵ月以内に結婚式を挙げるって!」

「ええ、なにしろ時間がありませんからね。一ヵ月以内でも怪しいところでしたが、今日の姿を見る限り生気を取り戻したようです。案外長生きするかもしれないですね」

「それはいいことですけど、でも、私、昨日の今日でまだ心の準備が……」

「工藤様は社長のお隣にいるだけでいいのですよ。それだけで社長はご機嫌になられますから」

 高城さんはニコニコしながら言った。
 私が隣にいるだけで、社長がご機嫌? そんなに結婚相手を見つけたことが嬉しかったのかな。まあ、社長と結婚したいと熱望する女性は多くても、離婚前提をむしろ喜んで受け入れるような女はいないか。そりゃそうだよね。

「さて、挨拶も終わったし、私は仕事に戻りますね!」

 そして足を踏み出そうとした瞬間、高城さんが私の前に立ちはだかった。

「最短で、と相談役は指示なさいました。工藤様が最優先でやらなければいけないことは、結婚の準備です」

「でも、私にも仕事が……」

「現在、この結婚以上に重要な仕事はございません。株価にも影響するような重大ミッションです」

「か、株価⁉」

「事の重大さをご認識くださいませ。今、なにを優先しなければいけないのか」

 真面目な顔で諭されている。これは……私、怒られているの?
 社長を放っておいて、自分のオフィスに戻るなど言語道断とでも言いたいのかもしれない。
 これはもう、私のプライベートとは別次元で考えなければいけないのかもしれない。一社員として、株価に影響するプロジェクトに関わる以上、それを優先させるのは当然のこと。

「はい、すみません。結婚式に全力投球します」

「宜しく頼みますよ」

 高城さんは安心したようで顔に笑顔が戻った。
 ああは言ったものの、これでいいのかわからなくなってきた。会社の利益を考えるならば、当然の優先順位だとは思うけれども、果たして結婚した後、私に戻る居場所は残されているのだろうか。
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