憧れのCEOは一途女子を愛でる
 部長なら言いそうだなと容易に想像がついて、思わず声に出してアハハと笑ってしまう。
 そんな私の様子を見て、彼が「笑顔が戻ってよかった」と小声でつぶやいた。

「え?」

「なんでもない」

 どういう意味なのか気になって尋ねてみたけれど、彼は答えることなく車の中から必要なものを外に出すなどして作業の手を止めなかった。

「コーヒーを淹れよう。自然の中で飲むとうまいんだ」

 とても機嫌がよさそうな彼の顔を見られただけで、私は自然と幸せな気持ちになった。
 この人にはきっと、他人を幸せにする力が備わっている。そばにいるだけで周りを笑顔にできる人なのだと思う。

 ふたり分のお湯を沸かしながら、彼はアウトドア用のコーヒーミルに豆を入れ、手動でぐるぐると回して挽いている。
 インスタントコーヒーだろうと予想していたけれど、実際にはずいぶんと本格的だった。
 
「すごくおいしいです。ありがとうございます」

 コーヒー特有のかぐわしい香りと味を楽しみ、身も心も癒された。
 たしかに彼が言ったとおり、のんびりとしながら外で飲むから余計においしく感じるのかもしれない。椅子に座っているだけなのに優雅な気分だ。

「川の水、綺麗ですね」

「ここは上流だからな。近くで見てみる?」

 笑顔でうなずいて椅子から立ち上がり、小さな石がごろごろとしている河川敷を歩いて川のそばへ赴く。
 流れている水は驚くほど透明度が高くて、まさに水紫山明(すいしさんめい)だ。夏は足を着けたら冷たくて気持ちよさそう。

「魚もいるんですよね?」

 私のあとを追ってやってきた彼へ上半身だけ振り返って尋ねると、コクリとうなずいてくれた。

「渓流釣りは私はやったことがないけど、すごく楽しそう」

「それ、うちのじいさんの前では言わないほうがいい。絶対に一緒に行こうって誘われるから」

「よろこんで行きますよ」

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