怪奇集め その手をつないでいられるうちにできること

幻の「いまわ食堂」

 青い空に浮かぶ入道雲があまりにもおいしそうで食べたくなるような昼下がり。ふわふわしていそうだけれど、雲はわたがしみたいにつかめるものではない。相変わらず私たちは怪奇集めのために奔走していた。

 蝉の声がうるさいけれど、それすらも心地よい季節は一年の中で一番好きな季節だ。そして、テレビなどで怪奇について取り上げられることも多いのが夏だ。

 最近はネットの普及やカメラの進化などもあってか、以前ほど怪奇現象の特集を見かけなくなったような気がする。防犯カメラのおかげでだいぶ神隠しという名の誘拐は減ったような気がする。体験チャンネルには実際に怪奇現象を体験したとか不思議な体験をしたという書き込みがある。凛空の部屋からは緑が生い茂る景色が見える。やっぱりずっと一緒にいたいな。

「体験チャンネルで面白そうな書き込みみーつけた」
 いい感じの書き込みがあった。

「俺も、その話、なんだか気になったんだよな」

 スマホで怪奇集め探しをしていた凛空と私。こんな真昼間の天気のいい日に怪奇を集めようとしている人なんて、そうそういるわけではないだろう。凛空のためにどんな怪奇にも立ち向かいたいと考えていたので、普通なんて考える余地はなかった。気になったのは、「いまわ食堂」という話だ。どちらかというと、ただの恐怖系なのかと文章を読んでいたのだが、最後がどうも不思議かついい話で終わっているのも気になる要因だった。書き込み者はOLとなっている。

「OLさんって普段接点ないからさぁ、ちょっと憧れるなぁ」
 相変わらず自身の運命の大変さを感じさせない言動はどうにも蒼野凛空らしい。いちいち気にしてられないけれど一応釘をさす。

「もう、すぐに目移りするんだから。私みたいな美人な彼女がいるんだから大事にしてよね」
「自分で言うかよ。まあ、俺はその顔立ち結構好きだけどな」

 今の台詞人生初の甘いセリフだ。こんなことはじめて言われた。
 私の顔が好き? これ以上の幸福はないよ。でも、言わないでおく。恥ずかしいからに決まっているが。凛空の顔立ちは私以外の万人受けする顔立ちだ。どっちがモテるかと聞かれたら、絶対凛空に決まっている。私は正直モテる方ではない。だから、こんな私を選んでくれた凛空を幸せにしたい。そして、その横には自分が一緒にいたい。それだけだ。くまなく、ネットの検索をする。興味がそそられる怪奇に触れたいのも事実だった。

 連絡先のメールアドレスにメッセージを送った。すると、思いのほか早く連絡が来た。話をしていると、彼女は小野田冴子という名前らしい。そして、いまわ食堂について調べたいと思っていた。一緒に調べてくれないかと言われる。怪奇魂については簡単に説明をした。病を治すために記憶を渡すことも了承してくれた。

 ネックレスに向かって話しかけた。
「おねがい、いざな。小野田さんに話を聞いてみたい。今回は結構遠いんだよね、送ってもらえる? そうだ、ネットや電話でも集められるの?」

 怪奇魂の受け取り方についてちゃんと確認しなかった私たち。

「怪奇魂はネット上でのやりとりや電話で収集可能ですよ」
 彼は聞かなければ遠隔で記憶魂を受け取ることができると教えてはくれなかった。つまり、いざなが正直に親切に教えてくれるなんていう保証はないということだ。彼は思っている以上にあざといのかもしれない。

「これで、よかったじゃん。遠出して旅行気分なのも楽しいけど、俺たちは学生だしそんなにしょっちゅう遠出することは難しい。それに、直接会うことはリスクも大きい。ネット上で取り引きできるなら、怪奇集めは一番ノーリスクだろ。それに、危ない人だったら、会うのは危険かもしれないな。俺たちがいくら二人だといえ、犯罪者という可能性や出会い系だと勘違いする人もいるだろうし」

「たしかに嘘つきもいるし、変な人もいるからね。時間のロスを最低限に抑えられるっていう発見があったのは収穫だよね」

 私たちはひとつ、幸せに近づく手段を得た。

 いざなはいつも優しい声を発する。癒しのトーンというのだろうか。
 もちろん、いざなが敵ではないと確定しているわけではない。ただ、あの甘く優しい顔立ちが信頼度を高めているのは確かだ。口調も優しい。きっと大丈夫――。

♢♢♢

「いまわ食堂」に関する書き込みというのは、OLである小野田冴子が同僚の片山由紀子と入った定食屋が普通ではなかった話だ。普通ではないというのは体感で感じたと本人たちは話している。

 いつも通らない道を通った二人は、どこか夕食を食べられる場所を探していた。同僚であり、残業がえりだったため、おしゃれなレストランというよりはお腹を満たせる定食屋のような場所を求めていた。残業が長引き夜10時を過ぎており、腹が鳴ることを隠すことはできなかった。仲が良い女子二人ということで、がっつり白米が食べたいとかバランスの良いメニューの家庭料理を食べたいという気持ちでいっぱいだった。

 街灯が少なく、暗い商店街はシャッター街らしく昔はきっと繁盛していたであろう痕跡こそあった。今は人通りが少なく経営自体していない元商店が立ち並んでいた。そんな廃商店街の一角にぽうっと温かな灯が灯っていた。二人は急いで開店している唯一の店に向かった。すると、「いまわ食堂」と古びた看板があり、どうやら営業中らしい。

「ラッキーだよね。こういう穴場のお店って実は美味しいっていうのが定番じゃない?」

「こういう店こそ、隠れた一品がありそう。普通の定食が激うまだったりするんだよね」

「わかるわかる」

「お腹ぺこぺこだから、ここにしよう」
 二人は満場一致でここに決めた。

 古びたのれんをくぐる。古いお店らしい壁にしみがついていたり、油のにおいがする。そして、同時に美味しいとんかつの香りもした。

 不思議なのは、客は一人いるのだが、店員がいない。カツ定食のおいしそうな香りがする。店員がいない。どうにも不思議な感じだ。メニュー表があり、そこには一つしか種類がない。しかし、不思議なのは定食の値段が異様に安いということだった。1000円くらいするであろう定食が100円だ。

「もしかして、激安もってけ泥棒的なお店かな?」
 冴子はラッキーという表情をした。
「でも、採算取れないよね。もしかして、原材料がやばい仕入先とか、賞味期限切れとかそういう闇のあるパターンかもよ」
 少し後ずさりする由紀子。

「でも、話題作りのためにこういった企画がテレビに出ることあるよね。あと、ネットで拡散されやすいから、今の時期限定の割引セールだと思うよ」
 冴子はあくまで前向きだ。

「でもさぁ、シャッター街というかほぼ廃商店街なのに、なんでここだけ残っているんだろうね。しかも一種類なんて」
 疑いを隠せない由紀子。

「激安だからだって。半ば隠居してるのかもしれないし」

「でも、注文はどこからすればいいのかな」

「すみませーん」
 何度か呼んでみるが反応がない。
 呼び鈴もない。奥を覗くが、誰もいない。

「店員さんはどこですか?」
 黙々と一人で食べている男性に聞く。サラリーマン風の男性はただ、黙々と食べており、表情がない。完全無視だ。ムカつくというより、不気味に感じる。なぜ不気味なのかを分析してみる。その人の表情はとても悪く、白目と黒目が逆の色をしていたのだ。

 それに気づいて、店を出ようとしたら、店員らしき男性がやってきた。
 メニュー表にはメニューはひとつしかない。オーダーをする必要もなく、店員は作り始めてしまったので、出るに出られない雰囲気になった。気まずい空間が漂う。しかたがなく一瞬立ち上がろうとした二人はそのまま席に座った。というのも、この食堂は大変狭く、客が見える場所で店員が調理をするシステムだ。そして、テーブル席というものがなく、一人で来る客が多いのかコの字型のテーブルに背もたれのない椅子が無機質に並ぶ。いらっしゃいませも、オーダーをとることも何もしない店員はどこか目つきが不気味に感じられた。よく見ると、その人も白目と黒目の色が逆になっていたのだ。カラーコンタクトを入れたわけでもないだろう。店主も中年で疲れた様子が感じられた。そんな人があえてカラーコンタクトを入れるはずはない。白い割烹着のような調理師の格好をしていたが、どこかが普通ではないと感じていた。

 カレンダーが壁に飾ってあることに気づく。1970年のカレンダーだ。あえてレトロ仕様にしたいのだろうか。それとも――まさか1970年だというわけではないだろうか。なんてありもしないことを冴子は考えていた。たしかに、古びた感じに年代物のカレンダーは好きな人には、ぐっとくる要素があると感じる。

「ねぇ、あのカレンダー、わざとレトロな感じ出してるのかな?」
 ささやく由紀子。由紀子も感じていたのかと冴子も思う。

「あのカレンダーはきっとオブジェだよ」

 その後、ラックにある雑誌を見ると1970年7月発行となっている。これは、当時の雑誌を買ったにしては新しい。最近発行されたような気がするというのが本音だった。内容は、もちろん冴子たちの世代にはわからないような内容だった。まだ生まれていない頃の話しであり、芸能人も今はもう還暦を迎えた人が結婚したという内容が書いてあった。そして、今は解散して活動すらしていないアイドルの話もあった。こんなことがあるわけがない。古本屋で買ったとしたら、もっと保存状況が悪いはずだ。紙の色が色あせるとか、ボロボロでもおかしくはない。こんなにきれいな状態の紙。これは、今じゃない?

 腕時計を見ると時間は先程と変わっていない。つまり時計が止まっているようだった。運悪く電池切れ? それとも?
「時計止まってるみたい」
「私も」
 背筋が凍った。すぐにスマホを見るが、圏外になっている。
 古びた珍しいピンク色の公衆電話が店内にはある。
 そして、店内に時計はない。
 トンカツが出来上がったようだ。見た感じは普通だ。
 でも、これを食べたら、何かが変わってしまうのではないか? 
 例えば白目と黒目が逆の色になるとか。
 あんなに空腹だったはずなのに、食べ物を口にすることが怖くなる。
 でも、これを食べなければ、怒られてしまうかもしれない。見た目は美味しそうなカツだ。サクサクしていて、キャベツの千切りも新鮮な緑色をしている。仕方がなく一口食べる。すると、思いの外美味しい。しかし、一つだけ、普通のカツ定食にはないものがあった。紫色の黒色に近いドリンクだった。普通は水かお茶が定番だが、ここは違うようだ。

 何かの健康飲料にありそうな毒汁のような色合い。まさに魔女が調合していそうなイメージだろうか。これはなんとなくまずいような気がする。食べ終わり、飲み物だけ残して帰ろうとした。二人共普段よりもかなり早いスピードで食べた。なぜならば、ここに長く滞在するのはやはり心地よいものではなかった。不気味というのが一番早いかもしれない。

「ちゃんと飲め」
 店主の目が怖い。どうしよう、これは飲まなければ帰れないのではないだろうか。無視して、お金だけ置いて帰る?

「一体、何のドリンクなのですか?」 
 仕方なく、飲むふりをする。

「これを飲まないと、死ぬぞ」
 威圧感がある。
 客もちゃんと飲んでいるようだ。
 そして、こちらを睨んでいる。

「紫色の原料が気になります」
「紫キャベツとぶどうの色だ」
 目が怖い。

「本当ですか?」

 由紀子はそのままお金を置くこともなく、立ち去る。
「待って!!」
「ごめん、後で支払うから」
 由紀子はこういう時にビビりの精神を発揮する。他力本願なところがあるが、人柄は憎めないと思っていた。たしかに、不気味な店主に不気味な飲み物。これ、飲んだら死ぬとかないよね? お腹壊さないよね? 支払いの義務ができ、帰りづらくなる。仕方なく一気飲みする。覚悟の上だ。
 案外美味しい味がする。

 料金を支払い、そのまま帰宅しようと横開きの扉を開けると、救急車が止まっていた。自分自身もケガを負っている。なぜだろう。記憶がない。今まで、食べていたはずなのに――ケガを負うなんて。そんな馬鹿な現象は信じられない。

「大丈夫ですか。バイクがあなたたちのほうに走りこんできて、そのままあなたのお友達は死んでしまいました。奇跡的にあなたは軽傷で済んでよかった」
 救急隊員状況を説明された。正直記憶がなく、わからない。

 もしかして、あの紫のジュースを飲めば生きられたのでは? 亡くなったという由紀子のことを思う。しかし、時すでに遅し。振り返っても食堂なんて見当たらない。そこは、シャッター街であり、取り壊し予定の土地らしい。

 なぜ、ここの廃商店街に足を踏み入れてしまったのか今となってはわからない。経緯の記憶が曖昧だ。
 そこには、近々大型ショッピングセンターが建設されるらしい。いまわ食堂という食堂が過去になかったのか調べたところ存在は確認できた。しかし、実際行ったことのある人を探すこともできずに今日まで過ごしている。かつての本当の名前は、今和食堂というらしい。しかし、見たのはひらがなのいまわだった。いまわというのはやはりあの世との境なのだろうか。

 私は、もしかしたら、あのドリンクを飲まなければ――死んでいたのかもしれないと思った。

♢♢♢

 電話で話してみた。優しそうな人で安心した。

「今和食堂という食堂について調べてみませんか? 取引であり、忘れられる怪奇魂はそれ以降でいいですよ」

「少しばかり、気になります。どうせ忘れるかもしれませんが、聞いてみましょう」

 早速町内会の高齢の人に聞いてもらった。彼女自身も真相が知りたかったらしい。
「ああ、あそこの食堂ね。たしかにおいしいトンカツ定食があったわね。あと、他にも色々あったよ。生姜焼き定食とかね。結構客はいたと思うよ」
 80代の女性の話だ。ハキハキとした物言いで、衰えを感じさせない。

「あそこの主人は寡黙だけど真面目な人だったな。経営が悪化したという噂だけど、いつの間にか閉店して、いなくなったんだ」
 80代男性の話だ。町内会の役員を何年もやっている長い町の住人らしい。

「今は何をしているのかわかりますか?」

「引っ越ししたみたいでな。今はわからないな。実家のほうに帰ったっていう話も聞いたような気がするな」
 何人かに聞いたが、仲のいい人はいない様子で、その程度の情報しか得られなかった。

「たしか、奥さんが亡くなったんだよね」
 もう一人の高齢の女性が話し始めた。

「奥さんとは仲良かったけど、病気になってね。子供もいない夫婦で寂しそうだったな。でも、絶品のトンカツは忘れられないね。野菜も新鮮だったし」

「そういえば、紫のジュースって販売していましたか?」
 冴子が聞く。

「そういえば、奥さんが紫の健康に効くっていうドリンクを飲んでた記憶はあるね。旦那さんの手作りで、栄養豊富だとか言ってたよ。見た目はなんだか黒っぽくて美味しそうには見えなかったけどね」

「今和というのは今井和俊という店主の名前からとったらしいよね」

「町内会でもコミュニケーション役は奥さんで、旦那さんは無口だったね」

「でも、優しい人だったんだよ」

 この言葉に、冴子はどきりとした。今、生きているのは今井和俊さんのおかげなのだと。

「ありがとうございました」
 お辞儀をすると、その場を立ち去る。

「私にとって、大切な記憶として残しておいてもいいですか。怖いから、本当はそんなことは忘れたいと思ってました。誰も信じてくれないですし。でも、由紀子との最後の思い出ですから、やっぱり頭の片隅にでも一生残したいのです」

 一連のやり取りを電話で話してくれた冴子さんは丁寧で信頼できる大人だった。

「そうですね。大切な思い出は残しておきましょう」
「りょーかい。冴子さん大人の色気のある女性だからなぁ。許しちゃう」
「何言ってるの」
 私たちのやり取りを聞いたのか、冴子さんは苦笑いをする。今回は記憶の取引はなしとなった。記憶と引き換えにしか凛空を助けられないなんて、とても悲しい。でも、選択肢がないのだから、あーだこーだ言っていられない。

「ずっと心に引っかかっていました。多分、今井和俊さんはもうこの世にはいないような気がします。でも、あの世で、あの世の人のために定食屋をやっているような気がするんです。そして、私のような生死の間にいるものに、紫色のドリンクを与え生きる機会を与えてくれる存在なのではないでしょうか。きっと寡黙なお人好しなのではないかと思うのです」

「由紀子さんも写真で見たけどかわいい人だったのになぁ」
 凛空がつぶやく。

「由紀子はお金を払わずに逃げ出した。これはマナー違反だったのかもしれないと思う。いまわの際の最後のチャンスをみすみす逃してしまった。お金を払うのがルールでしょ」
 冴子は少しばかり吹っ切れたように語る。今でもお墓参りは毎年行っているとのことだ。

 ふと、ルールで成り立っているという最初のここだよ踏切の女性の話を思い出す。
 ルールを破るといいことがない。それは、生きている者でも死者でも同じなのかもしれないと。

「あなたたちもいまわ食堂にたどりついたら、生死の間にいる可能性があるから気をつけないと。もし、大切な人ができたら、ちゃんと一緒に食堂から抜け出してね」

 彼女の体験は本物なのだろう。でも、こうして普通に日常を送っている。
 そういった人は案外たくさんいるのかもしれない。

「まぁ、俺、愛されてますからね」
 相変わらず凛空は軽い。

 怪奇は今回集められなかったけれど、それでも私たちは幸せだと思った。
 そして、怪奇なるものが必ず人を不幸にするわけではない。
 人助けをしてくれることもある事例を感じる。

「さようなら」
 冴子とつながっていた電話を切った。
 人は様々な経験をして生きている。
 後悔も大変なこともある。
 それが怪奇現象のせいであれば、私たちは逃れる術はない。

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